西寺郷太さんは、よく言われる「夢をあきらめるな」の文言に違和感を抱く。
 テキストは、息子イサクが一年後に与えられるとのお告げの場面。
 天使の三人の男性を懸命にもてなすアブラハムを描いた前半から、お告げが信じられなくて密かに笑ってしまうサラが描かれる後半とトーンが変わる。
 ところが一つ前の章を読めば、実はお告げはアブラハムに先になされ、アブラハムもまた信じられなくて笑ったことが記されている。
 その息子にイサク(彼は笑う)と命名するようお告げがなされたのは、夫婦二人して、神を疑い笑ったからか?
そうではない。子どもが与えられない辛い現実をどこかで引きずり、かりそめの生活を続ける二人に、違う生き方が示されたのだ。
 「夢をあきらめることは強いこと」と西寺さんは書く。今村彩子さんは「夢は叶えるもの」と言う、聴覚障がいを持つドキュメンタリー映画監督。今あるものを用いて、映画作りに挑む。
 かりそめでもなく、借り物でもない、ライブ(生)
の人生を歩みたい。

<メッセージ全文>
 シンガーソングライターで、音楽プロデューサーでもある西寺郷太さんが、以前こういう文章を書いておられて、気分がスカッとしました。オリンピックだとかワールドカップだとかがあって好成績を挙げると、例えば選手たちが「夢は叶う」とか「夢をあきらめないで」とか語る訳です。そういう風潮に対する文章なんですが。
「夢を諦めるな、」って命じられてもねー・・・・・。夢ですから。上官じゃないんですから「るな」はないですよね。岡村孝子さんも「諦めないで」って歌ってますもの。

 たまにテレビの身体技能系番組の宣伝などで見聞きしますが、なんとなく他人の夢を消費するだけの無責任さを感じます。「夢を諦めるな。俺が感動したいんだから。」「あきらめるなって、言い切る俺ってステキじゃない?」という甘ったるい匂いもします。頑張っている人を励ますのなら「応援してるよ」でいいのに。」と言うものです。いかがでしょうか?私は共感を覚えました。

 さて、本日永眠者記念礼拝に与えられたテキストは、アブラハムに息子イサクが与えられるという予告の箇所でした。
 この時、アブラハムは99歳、10歳年下の妻サラは89歳。彼らには子どもがいませんでした。ですから代わりに奴隷として仕えていたハガルとの間で子どもを作ったのです。アブラハム86歳の時のことでした。

 今日の箇所で、天使のお告げで来年サラとの間に息子が生まれるという予言がサラに与えらえたのですが、それを聞いた彼女は笑った、というのです。それを天使に聞かれ、「なぜ笑ったか」と問われます。怖くなったサラは思わず「私は笑いませんでした」とウソをつくのですが、なおも天使から「いや、あなたは確かに笑った」とダメ押しされる、そういう笑えない出来事でした。

 ちょっと長い箇所を読んでいただきました。不思議な箇所だと思います。前半はアブラハムのこと、後半はサラのことが書いてありますが、随分と二人の態度が違う訳です。1節にあるように「主はマムレの樫の木の所でアブラハムに現れた」とありますが、それは三人の男性の姿でした。

 この姿を見たアブラハムは、大慌てで彼らをもてなそうとするのです。妻に命じたのは、「上等の小麦粉3セアほどこねて、パン菓子を作りなさい」と6節にありました。これが実は尋常な量ではないのです。3セアとはおよそ15リットルに相当します。物凄い量なんです。その上、良い子牛を料理させました。大急ぎと言っても、最大級・最上級のもてなしをした訳です。

 どうしてここまでの事をしたのでしょうか?何と言っても神さまの使いだったからでしょうか?それにしてもなぜ三人の男性が神の使いとすぐ分かったのでしょうか?その答えは、一つ前の17章を読むと分かるのです。

 実はアブラハムが99歳になった時に、神さまはいち早くアブラハムに現れて、サラとの間に子どもが与えられること、そして繁栄が子孫にまで続くという契約を結ばれたのです。これがアブラハム契約と呼ばれる契約です。それまでも神さまはアブラハムのもとに繰り返し現れ、言葉を告げて来ましたが、この契約は全く思いがけないものでした。信じられないものだったのです。ですから17章の17節にこうあります。

アブラハムはひれ伏した。しかし笑って、密かに言った。「100歳の男に子どもが生まれるだろうか。90歳のサラに子どもが生めるだろうか。」神さまからのお告げを信じなかったばかりでなく、続けてこう願ったのです。「どうか、イシュマエルがみ前に生きながらえますように」。イシュマエルとは奴隷ハガルとの間に生まれた子どもです。サラとの間に子どもができるとは到底思えないので、とりあえず設けた子どもが無事に成長することが願いだったのです。

こういう出来事が事前にありました。だからこそ、3人の男性が現れた時、アブラハムは彼らは神さまからの使いだと直感して、大慌てで最大級のもてなしをしたのです。不思議な箇所と言ったのは、そういうことです。つまり、なぜアブラハムはこの最初の神さまからのお告げのことをサラに話さなかったのか、という疑問が湧くのです。

お告げに対して、アブラハムも笑ったのです。18章だけを読むと、いかにも笑ったのはサラ一人であった、それもアブラハムは笑ったことをとがめられなかったのに、18章では笑ったサラがとがめられ、咄嗟にウソの返答をしてしまう訳です。そもそもサラが笑った原因は、アブラハム同様、今さら子どもなどあり得ない二人の年齢にありました。誰でもそう思うことです。それなのに、サラだけが信仰の薄い人間のように捉えられてしまいます。なぜアブラハムは事前にサラにお告げを知らせなかったのか、意地悪ではないかと思うのです。それとも違う事情があったのでしょうか。

 実際には2人ともが信じられなくて笑った。それも心の中で密かに笑った。それは二人にとって、子どもが与えられなかったそれまでの人生が、重くてつらい、仮のような人生だったからではないかと想像するのです。子どもが与えられない事は、神さまからの祝福に与かれない存在だと思われた時代です。だから、奴隷ハガルとの間に一男を設けたアブラハムでした。男性はそれで済ませることができたと言えます。

 しかし、その対応はサラにとっては、心痛を深めただけのものでした。サラとハガルとの生々しい確執の模様は16章に詳しく描かれています。いずれにしても、彼ら夫妻にとって、とりわけサラにとって子どもが与えられない現実は、他のことをどんなに誠実に担い、懸命に生きたとしても、心のどこかに巣食い、片時も忘れることのできない重荷だったことでしょう。二人の生活は、かりそめの日々だと言って良かったと思われます。

 神さまが顧みられたのは、まさにそこだと思うのです。子どもがいないから、長らくつらい目をしてきたから、だから少々遅くなったけど、望みを叶えてあげようということではありません。そうではなく神さまが二人に送られたのは、ないことに振り回されず、ない現実においても神さまに守られ導かれて生きていることを覚えて欲しかった、そういうメッセージだったと思うのです。

 二人に与えられる子どもにイサクと名づけるよう、神さまはアブラハムに告げておりました。イサクとは、彼は笑うと言う意味の名前です。神さまの力を信じ切れず、現実を優先して笑ったから、そう名付けられたのでしょうか?そうではないでしょう。神さまはそのような皮肉な思いを押し付ける方ではないのです。神さまは後にイサクをいけにえとして捧げよ、と驚愕の命令を出されるのです。それはどうしても伝えたかったものがあるからです。それは、ないものに固執し、それを引きずって真の歩みからはずれないよう、本当の恵みの喜びを知って笑う者となるように、ということではなかったでしょうか。それ故に子どもに、イサクと命名をするよう指示なさったのだと思えてなりません。

 最初に紹介した西寺郷太さんの文章の続きを紹介します。
「夢なんて変わってしまうし、叶わないことのほうが多い。それでも生きてゆくのですから、日常は勇気に満ちているとも言えます。夢をあきらめる。これって結構強いことだと思うんです。」

 本当にそう思います。今村彩子さんは生まれつき耳が聞こえません。彼女はドキュメンタリー映画を学ぶために、日本の大学を休学してアメリカへ留学しました。その講義には無料の手話通訳者がついていました。それに驚いていると、同じ障害を持つアメリカ人の学生に言われました。「健常者の学生と同じ受講料を払うんだから、同じ内容を学ぶための支援があるのは当たり前。」

 これを聞いた今村さんは目が覚めたと言います。それ以来、支援を遠慮しない代わりに、障がいを言い訳にするのをやめた、と言うのです。そして今、彼女は右手にビデオカメラ、左手で手話をしながら、障がい者と健常者が一緒に生活している、そんな人たちを主人公にしたドキュメンタリー映画の監督を続けています。

 この二人のように、ないものを願い続け、空しさをひきずって、かりそめの生活を送るより、あるものを用いて今を生きるよう、神さまは声をかけて下さるのです。「何も足さない、何も引かない」、ウイスキーの有名なキャッチコピーがありましたが、生で生きるとはそういうことです。かりそめではなく、借り物でもない、ライブの、生の歩みをなしましょう。それはきっと強いのです。今村さんはこう言われます。

「鉛筆での筆談は時間がかかるけど、きずなが生まれることもある。大切なのは、伝える方法ではなく、伝えたいという気持ちです。」今村さんの好きな言葉は「夢は叶えるもの」だそうです。

天の神さま、あなたはアブラハムとサラを通して、今を生きる生き方を伝えて下さいました。感謝です。どうぞ私たちもそのように生きることができるよう助けて下さい。