「恩量を上げろタコ!」
牧師 横山順一

 「音量を上げろタコ!」と題された最近の映画。「何歌ってるのか聞こえねえんだよ」とサブタイトルがついている。
薬の力で人気を得たロックシンガーが主人公の物語だけど、どうも興行的にはコケた模様。
ただ、刺激的タイトルだ。決して上品ではない。でも気持ちは分かる。どんな素晴らしい音楽だろうと、聞こえなかったら何の意味もない。タコ!と怒鳴りたくもなろうというもの。
「福音と世界」(新教出版社)で、「私はロックがわからない」を連載している山口正隆牧師によれば、例えば大江慎也の歌詞を聞いても、「正直、具体的になんのことを言っているのかはわからない。だがロックの歌詞とはそんなもんだ」(十一月号)と言われる。なので、要するに心に届く熱い思い=音量なのだろう。
アメリカの中間選挙が終了した。下院で負けたトランプ大統領ではあるが、少なくとも見た目に影響はない様子だ。
選挙戦では、移民を相当ひどい言葉で攻撃した。「アメリカは人種のるつぼ。でもその多様性がアメリカの強み。」と昔教わったことは、大統領においては消え去った。
かたや日本、今後五年間で最大三十四万人の外国人労働者を受け入れるとして、与党がやっきになっている。
そんなに労働者が足りないのに、東京オリンピックでは、十一万人のボランティアを動員しようと、こちらも血眼である。
二○一八年が終わろうとしている。今年うれしかった数少ない希望の出来事の一つが、九月の沖縄県知事選挙で玉城デニーさんが当選したこと。
あの時、彼は喜びを「カチャーシー」という沖縄の踊りで表現した。○○の一つ覚えのごとく、バンザイ三唱で絞める連中とは違う。
お陰で「カチャーシー」が「かきまぜる」という意味なのだと知らされた。
本土の「和」文化ばかりを持ち上げる類の風潮に向って、「実のところ、文化はみんなカチャーシー、あっちゃこっちゃのかきまぜなのにね。純粋な人種なんかいないのと同じで、純粋な文化なんかない。ひとも文化も、みんな他人他文化のお世話になって成立している」と中山千夏さんが書いている。
一方、「和」文化の太鼓持ちで知られる百田尚樹なる作家の新刊が出た。
発売と同時に四十万部(ほんまかいね?)と謳う、新聞一ページ全面広告を出した。そこでは日本神話と同時に成立し現在に至る、日本史の素晴らしさをことさら強調している。
「徴用工」強制労働の嘘の項も含まれた同書。まさに大和民族の優秀さを自ら誇る時代錯誤だ。自国第一主義の象徴たるトランプ大統領と、本質的に何も変わらない。

もっと隣人の立場を理解しようよ。神さまが様々な人を作られたのは何故?そこに深い愛があったからだよ。他者にも、そして神さまにも感謝して次の年を迎えよう。
「恩量を上げろタコ!何祈ってるのか聞こえねえんだよ」