今を構成するものは、ただ過去の体験だけではない。「未来を志向する思い」は重要なパーツ。過去に捕らわれ協議を拒否する発言を聞いて、残念に思う。
エフェソの教会に偽りの教えをなす教師たちが現われた。彼らは他者の行動に制限を加え、律法の遵守を迫った。
それは、救いは神のみによると知らされ語って来たパウロにとって、許しがたい一大事だった。そこで、信徒の信仰を彼らから守るよう、テモテへ手紙を書き送ったのだった。
パウロは、偽教師たちの言動を「俗悪で愚にもつかない作り話」と強い調子で非難した。個人的怒りではない。福音を根底から覆すものへの断固たる態度だった。
私たちの周囲にも「先生」と呼ばれる人は多い。だが中身はどうか。一緒に未来を考えうるか。間違った時、誤り、修正を図れるか。教師への大事な問い。イエスはそうされた。故に私も自戒したい。福音を勝手に曲げてはならない。
そもそも福音は教師のものでも、信仰者だけのものでもない。これからそれに預かる未来の人々を含めて、神から人間すべてに与えられたものだ。それ故に、真の先生たるイエスに聞き従いたいと思う。