ミクロネシア・ポナペワークキャンプのリーダー、荒川義治牧師は、日本の非日常を味わえる場所と時だと言われる。
もちろん、海外に出なくてもそのような体験はできる。教会は本来そういう場所。だが、しばしば私たちは日常に落ち込んでしまう。
故郷ナザレで語ったイエスは、こいつは「たかが大工の息子」と揶揄された。彼らは表面の知識に満ちていた。何も持っていない自分を嘆く事もあるが、実は持ちすぎている自分に気づかない事の方が私たちには多い。
ナザレの人々は、持ちすぎのためにイエスを切ってしまった。同様の事が今も少なくない。持ちすぎて、肝心な事が阻害されてしまう現実の悲しみ。この現実に向き合いたい。
クリスマスは、中身をもう一度見つめる時だ。イエスが、切り取り、新たに取り結んで下さる恵みを、共々に喜ぶ時となしたい。