テキストはエマオ途上の物語。存在がよく分からない二人の弟子の道行に復活のイエスが現れる。
その途上で、二人はイエスから、聖書に描かれる救い主について話を聞かされることになった。それはいわば「総論」(まとめ、全体像)だったと言える。
大学のカリキュラムでも「総論」があり、しばしば入門篇のように最初に用意される。が、難しくてよく分からないことが多い。
二人の弟子も、様々な出来事を通して、イエスの「各論」(一部)は体験して来ただろう。だが、よく分からなかった。直接の話を通して、バラバラだったそれらが一つに結ばれた。
それは「互いの心」が燃えるような体験だった。そして、イエスが本来はエマオを通り越して、なお先に行くつもりだったことを知らされた。先を行くあるじの姿である。
生前イエスが語っていた「復活」は、嘘偽りではなかった。永遠の命につながるとは、こういうことだったか。その真実を知らされた二人は、元来たエルサレムへと駆け出して行く。
<メッセージ全文>
私が説教題に凝るというのか、できるだけおもしろい題を付けたいと思うきっかけになったのは、伝道師として赴任した東京の教会でのことでした。主任牧師の説教題がおもしろくなかったのです。おもしろくないというより、身内だけに向けて作った、まるで大学の講義のような説教題でした。例えば「エフェソ書総論」とか「フィリピ書各論①」とかそういうタイトルだったんです。
教会員からとりたてて異論はありませんでした。逆に言えば、信徒には分かりやすい訳です。あ~今日の説教は、エフェソの信徒への手紙のまとめなんだとか、すぐピンと来ますね。
でも、教会前の掲示板を見る人のほとんどは、信徒ではない人です。タイトルがおもしろいからって礼拝にすぐ来るなんてありませんけど、でも「エフェソ書総論」って題を見て、一度来て見ようかとは、多分思わないでしょう。まあ、それがきっかけとなって、教会に来ないかもしれないけど、普段教会の前を通っている人たちを意識して、できるだけおもしろい題を考える努力をするようになった次第です。パクリも多いんですけどね。
さて、そんな話を最初にしたのは、今日のテキストの出来事に「総論」があったからです。「エマオで現れる」という小見出しが付けられていますが、昔から「エマオ途上の出来事」として知られて来た復活物語です。ここに総論のことが書かれているのです。
舞台となったエマオという町は、残念ながら現代ではどこにあったか明らかではない町です。エマオという名前の町は、他にも幾つかあって、今も存在する町もあるんですが、今日のテキストのエマオはよく分かりません。
その原因となっているのが、13節にある「エルサレムから60スタディオン離れたエマオという村」との記述にあります。60スタディオンとはおよそ11キロほどの距離となります。もう少し離れていたり、もっと離れた距離のエマオはあるんですが、11キロ前後の距離のエマオはないのです。
ま、それは仕方がないことですが、ともかくエルサレムから歩いて3時間ほどの村に二人の弟子が向かっていた時の出来事でした。この二人の弟子、いわゆる12弟子ではありません。存在がよく分からないのです。18節に「その一人のクレオパ」と名前が記されていますが、そのクレオパなる人物のことも不明です。イエスの弟子は弟子だったのでしょうけど、12弟子ほど近い弟子ではなかったということなんでしょう。
そのことが今日のテキストのあちこちに散りばめられています。十字架の出来事のあとです。13節に「ちょうどこの日」とあるように復活の日の当日の出来事でした。この時12弟子たちはローマを恐れてエルサレムの拠点の家に隠れこもっていたのです。この二人もその周囲にいたのでしょう。というのはテキストを読めば、イエスが十字架刑となり、この日の朝墓を尋ねた婦人たちの証言で、遺体がないこと、仲間が実際見に行ってその通りだったということを知っていたからです。
その証言を知らされ、中心の12弟子たちがなおエルサレムにいるのに、この二人はエマオという村を目指して出発した訳です。エマオに到着したのは夕方でした。「そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」という29節の二人の会話で明らかです。だから逆算すればお昼過ぎにエルサレムを出発したのだろうと思われます。
その道行に復活のイエスが現れた訳です。21節に「わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」と記述があるように、だからこそその望みが経たれた今、エルサレムに留まっている理由はなくなった、故郷へ戻るしかないということだったんでしょうか。
エマオを目指す理由はよくは分かりません。でもエルサレムで起きた出来事自体はちゃんと知った上での道行でした。そこに復活したイエスが同行しました。エマオ到着までのおよそ三時間ほどを共にしながら気づかなかったというのは何とも不可思議な気がします。
16節に、「しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった」とあるのは、心の目のことを意味していると思うんですが、大変現実的な解釈をされる人もあります。エルサレムはおよそ海抜800メートルほどの高地にあって、そこを出てどこかへ行くのは、要するに結構な下り道となるのです。しかもお昼過ぎだとなれば、大体西日がずっと差していてまぶしい。目を遮られたとはそういう意味だという訳です。いや、実はイエスはずっと二人の背後にいたのだ、というこじつけのような解釈もあって笑えます。
仮にそうだとしても、あるじイエスが共にいながら気づかないのはどういうこと?って思ってしまいます。まぶしくて見えなかったとして、声は聞こえたでしょう?とか思う訳です。
私は高校卒業の18歳から今日までひげを生やしていますが、一度だけ剃ったことがあります。教員免許のために教育実習に行った時、ひげはアカンと言われて泣く泣く剃りました。実習が終わって学校に戻った時、皆に何言われるか恥ずかしくてドキドキしました。ところが誰も何も言わないんです。結局自分で「ひげを剃った」と言いましたら、あれほんまや。あるもんと思うてたんで気づかんかった、と言われて拍子抜けしました。存外にゆるいです。
そういう実体験がありますし、マグダラのマリアもイエスから声をかけられても分からなかったので、意外にそういうものかとも思います。十字架上での死という現実の持つ重みと言ってもいいのかもしれません。誰も復活が事実だとは普通は思わないでしょう。
しかしそれでも故人の思い出として、声があると思いますし、服装やらしぐさやら、その人を表す特徴は幾つでもあろうかと思います。見ても分からないということも人間の一面ですが、一方で後ろ姿だけでも分かる一面もあると思うのです。
この二人が同行したのがイエスだと分かったのは、エマオの家に入り、食事をした時でした。30節31節、「一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンをお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かった」、とあります。復活後の食事の話(ガリラヤ湖畔)はヨハネ福音書にも記されていて、弟子たちにとってイエスと共にとった食事の思い出は極めて深いものがあったのだと想像されます。
ただし、その食事時の言動、しぐさはイエスの全体を思い起こすきっかけであって、思い出して見たら、まさにそのこと、つまり全体の方がはるかに大きなものだったのです。総論を知ったのです。だからこそ暗くなって泊まるために家に入ったはずだった、そんな時刻になっていたのに、ふたりは「時を移さず出発してエルサレムに戻った」(33節)とあります。すなわち暗闇の中を飛び出して行ったのです。
そのより大きな思い出とは何だったか。それがイエスが語ったエマオ途上での話にありました。エマオに着くまでの道道、「モーセとすべての預言者から初めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された」と27節にあるように、イエスはこの時、二人にこれまでの歩みの全体像をこんこんと解き明かされたに違いないのです。或いは今まで12弟子の陰に隠れて、これほど直接、長時間に渡って話を聞く機会がなかったのかもしれません。
二人は総論を聞いたのです。私も農学部では「農学概論」、神学部では「神学概論」という講義を聞きました。言わゆる「総論」です。今はどうか知りませんが、当時はこの総論を入学したての頃に学ぶことになっていました。だから分かりませんでしたし、おもしろくありませんでした。入門編のつもりでカリキュラムが組まれているのでしょうけど、入ったばかりで全体像を聞かされても分かる訳がないのです。むしろ4年生とか卒業の頃聞いた方がよっぽどよく分かったことと振り返ります。これは多くの学生も同じことを言っていました。
二人の弟子たちは、それまでイエスの周りにいて起った様々な事柄から「各論」は教えられ学んで来たのでしょう。現実の出来事を通して、一つひとつの事は体験して来た。でも全体として結ばれていなかったのです。とりわけその締めくくりが十字架と復活の出来事でした。
それがバラバラな出来事ではなくて、全部一つのものとして結ばれていた出来事だった、そのことをイエス自身から聞かされたのです。だから32節、「二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った、のです。心が燃えるほどの思いは、そうそうあるものではありません。何という幸せな二人だったでしょう。
でもそれを思い起こして見たら、この人がイエス、この人こそイエスという復活の大きな徴が他にあったと更に思い起こしたのです。それは弟子たちの先を歩く主(あるじ)の姿でした。
偉い人、権力者の常ですが、たいてい一番後を行くのです。先に人を遣わして安全を確保し、舞台を整えてから大物が最後に登場という筋書きが普通です。でもイエスは違ったのです。どこへ行くのもイエスを筆頭にして、でした。それが当たり前でした。イエスが考え、イエスが思い、イエスが行動し、弟子たちはそれに従ったのです。
28節にこうあります。「一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。」この時も復活のイエスの目指すところが別にあり、計画があり、思いが別にあったのです。「二人が、一緒にお泊りください」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られたと29節にあります。
あ~まさに今日この時も、我等の主はいつもの主だった。先頭を切って歩みゆかれる主だった。復活すると生前言われていたことは、何一つ嘘偽りじゃなかった!自分に、人間に先行するより大きな命があって、そこに自分たちは、私たちは結ばれている。これが永遠の命につながるということだったのか。二人はこの喜びを噛みしめたのでしょう。彼らにとって主の復活は、「真実」を知らされたことにありました。
天の神さま、み子の復活を改めてありがとうございます。聖書の証言を通して、復活の真実を知らされます。それ通して信仰生活の力を与えられます。どうぞ、イエスの真実につながって歩むことを得させて下さい。