絵本「うかいのうがい」(さくら せかい策・ブロンズ新社)は、言葉の世界が楽しい。
モーセの十戒から「両親に従いなさい」(テキスト1節)と著者は子どもたちに呼びかける。が、そこには「主に結ばれている者として」との但し書きが付く。両親の子育て姿勢(4節)にも言及している。
イエスは命に敏感な人だった。だから、但し書きは「イエスの命の感性に結ばれて」と言い換えることができる。
第6回「わたし遺産」(三井住友信託銀行主催)、大賞に選ばれた小松愛子さんの「あ」じゃなく「お」は、幼い息子さんから貰った感性の言葉だった。
「一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」(使徒2:4)とのペンテコステの出来事は、感性で語ることの大切さを示している。感性ハガキを出してみよう。

<メッセージ全文>
 今こそ日本全国民に「うがい」の語源を知らしめる絵本「うかいのうがい」(さくら せかい作、ブロンズ新社)から。言葉の楽しさを教えられる。

エフェソ書は、非常に簡単にまとめると、エフェソの教会の信徒に向けた、キリスト者として生きるよう勧告した手紙です。花の日・子どもの日のテキストとしてその6章が与えられました。守るべき家族の倫理が記されている箇所です。しかし、単純に道徳・倫理の言葉が書かれているのではありません。著者の好む文言「キリストにおいて」という文言がここでも繰り返し使われています。それがキーワードです。

十戒から用いられる最初のお勧め「両親に従いなさい」に、「主に結ばれている者として」(1節)との但し書きが付けられています。これはそもそも「主にあって=キリストにおいて」というキーワードの文言です。
イエスは命に対して敏感に生涯を生きた人でした。この世の流行とか価値観とかではなく、命への豊かな感性をもって自分自身が生涯を生きたし、他者と交わった人生を送りました。感じる心をいっぱい持っていること、それを感性と言います。「主にあって」「キリストにおいて」とは、だから「イエスの命の感性に倣って」と言い換えることができます。

それは子どもたちに対するお勧めだけでなく、4節の父親に対するお勧めにも共通しています。父親たち、との呼びかけは、現代では言うまでもなく「両親たち」へ対するの呼びかけです。4節を原文に忠実な岩波書店版聖書で読むと、「父親たちよ、あなた方の子どもたちを怒らせてはならず、彼らを主の躾と言葉による示しでもって養育しなさい」となります。子育てもイエスの感性に倣って行うよう、著者はお勧めしています。

先月頭、第6回「わたし遺産」大賞が発表されました。これは主催:三井住友信託銀行、後援:TBSラジオ、協力:朝日新聞社が行っているもので、未来に伝え残したい「人やものやこと」を400字で綴る作文の賞です。
3つ選ばれた大賞のうちの一つは、神奈川県の小松愛子さん(58歳)の作文。「あ」じゃなく「お」と題されています。

息子が幼稚園年長組だったある時、突然「ママ、「あ」じゃなく「お」、「あ」って言わないで、「お」って言ってと、言い出しました。「何言ってるの」と訊いても、「だから「あ」じゃなくて、「お」なの。」と繰り返すだけでした。これは息子からの心のメッセージだったのです。
当時フルタイムの仕事をしていて、気持ちも時間も余裕のない新米ママだった私は、マイペースな息子に対し、「あっ、またー」「あっ、もう。」という言葉ばかり口にしていたのでした。「あ」の後は否定的な言葉が続きますが、「お」の後は、「おーすばらしい」「おー頑張ったね」など、相手を認め称賛する言葉が来ます。息子のメッセージに反省させられ、「「あ」じゃなく「お」」は私のおまじないになりました。
自分の家庭を持つようになった息子が幼かった頃に授けてくれた、大切な「わたし遺産」です。

というものです。しみじみと思いが伝わって来ます。「あ」じゃなくて「お」とは、何て温かい感性でしょう!

 今日はペンテコステでもあります。約束の聖霊が降った最初のその日、「一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」と使徒言行録(2:4)にあります。カルト現象が起きたのではありません。聖霊が与えられ、心が柔らかく解放され、思い思いに自由に語ることができるようにされた、という喜びの出来事です。
言わば、イエスの命の感性に倣って、そうできるようにされたのです。

 「あ」じゃなくて「お」ってみたいな発見が、みんなにもきっと与えられると思います。けど油断していると、さびついて鈍くなってしまうのが感性の欠点です。命の大切さ、尊さ、人生の喜びや楽しさ、時々見つめましょう。そしてもしそれを発見したら、是非みんなもお父さん・お母さんに教えてあげて下さい。口にするのが照れ臭かったら、今からハガキをプレゼントしますから、はがきに書いて出しましょう。お父さんやお母さんに出すのは恥ずかしかったら、僕に出して下さい。どうぞよろしくお願いします。

天の神さま、聖霊をありがとうございます。この不思議な力に満たされて、感性を豊かに生きて行きます。みんなの心を耕して下さい。