「人口減の時代は」
牧師 横山順一

 国連の人口部が、世界人口の予測を発表した。二○五七年に、百億人を突破するという。
わずか三十八年後だ。その頃、生きてないかもしれない。だから「知らんわ」とは言えない。
同じ年に、日本の人口は一億を下回ることも発表されたのだ。これは二年前の予測から、七年も早回った。
それほど、日本の人口減が急速に進んでいるということだ。総務庁も、四十年後、四十七都道府県で、人口が増えるのは東京都のみと発表している。

このままでは、二一〇○年には七千五百万人になる見込みである。これには「ほんまかいな?」って、にわかに信じがたい。
だが四十年後なら違う。例え自分は死んでたとしても、今の学生たちが還暦を迎える程度の未来でしかない。その時、兵庫県でも、現在より百万人減っているのだ。

予兆は誰しも感じて来ただろう。毎年、出生者が最低を更新している。つまり子どもの数が急減している。だから学校経営が大変なことになっている。近所のコンビニも回転ずしも、アルバイトはみな外国人留学生である。・・・
でも恐らく、国は誰よりも危機感を抱いているはずだ。それで「産めよ、増やせよ」発言を繰り返してばかりだ。

もちろん企業も、ちゃんと対策を取っている。どの分野にあっても合併が進み、数社に収れんしている。
人工知能AIが、どんどん人に代わって台頭もしてゆくのか。無理やり外国人労働者を増やすのか。
ただ、見た目には危機感は表だって目立たない。国民も取り立てて騒いでない。
本当は一大事ではないか!

と言って、どうすりゃいいの?と途方に暮れる。子どもを持つのに不安が大きい社会を、もうここまで作ってしまったのだ。
自分の手に負えないことは「祈る」しかない。悲鳴のような祈りだろうが。
百億人の時代の中、一億すら割り込んで行くとしたら、数に任せた発言力など通用しなくなるに違いない。

友人牧師たちが、近ごろフットサルチームを立ち上げた。案外にのんきではある。が、そのメンバーを聞いて、何だかうれしかった。出身神学校も、年齢も、性別、教職か否かも全く問わない構成だったからだ。
実は私も誘われた。インドア派なので断ったが、飲み会だけでも来いという(笑)。

そうだ!人口が減ったら、これしかないと気づかされた。要するに、一層みんなで助け合う、支え合う、ってことだ。
若い人が減り、高齢者が増える人口減だから、課題は幾つも上ることだろう。
だけど、それでものんきに、良い面を見て歩む他なかろう。きっと、空気がきれいになる。ラッシュなど皆無かもしれない。原発要らない。事故も犯罪も減ると良い。

防衛なんて言ってられない。武力への余力はもうないのだ。世界中と仲良くしなけりゃ、生き残れまい。
多分、来年の五輪が終わり、二十五年の万博が済んだら、みんなの目が覚めるのだ。
その時、したり顔で「だから言っただろ」なんて言うまい。クリスチャンはピンチの時ほど、明るく強いのだ。未来はある。