一つの差別問題に関わったとして、残念ながら他の差別問題に理解が生まれないことがある。無論そうであってはいけない。
テキスト11章は10章を読まないと分かりづらい。10章はペトロがローマの百人隊長コルネリウスに出会い、彼に洗礼を授けたという箇所。
しかしその前に不思議な出来事があった。天から下った布の中に、規定では食べることが許されないものが入っていて、食べよという声にペトロが拒絶した、その問答が三度繰り返されたという。
これはコルネリウスの外面だけ見て、中身を見ず、新しい出会いに躊躇したペトロの内実を指すのではないか。イエスによって新たにされたはずのペトロだったが、なお心に抱く頑なさがあったということだろう。
「終わり悪けりゃ全てダメ」との文言に、「しっぱなし」の無責任さを思う。新たに始めることには勇気が伴うが、更にそれを進めるための次の一歩が一層必要だ。
出会いを通し、次の一歩を与えられたペトロ。私たちもそうでありたい。焦らず、諦めず、その力が備えられるよう祈ろう。

<メッセージ全文>
 日本で、朝鮮人差別があることを知ったのは、小学生の時に読んだ本を通してでした。長崎源之助さんが1967年に書かれた「ひょこたんの山羊」という児童向けの本です。そこに登場する朝鮮人の方が、上手く日本語の発音ができないことを馬鹿にされる場面が、いつまでも記憶に残りました。

 中学生になって部落差別問題を知りました。それも初めは本を通してでした。そして被差別部落に、しばしば朝鮮人の方々が住んでいることを知りました。近所にあった被差別部落で、実際にそうだったことも知りました。けれど、いずれも知識だけに留まって、具体的に関わった訳ではありませんでした。出会いが与えられるまで時間がかかりました。

 神学校に入って、京都のオモニ・ハッキョに出入りするようになり、出会いを通して被差別部落の中に朝鮮人部落が重なっているということ、しかし必ずしも互いに良い関係であるとは言えないことを教えられました。どういうことかと言うと、被差別部落ということで差別されている人たちの中に、朝鮮人を差別する人がいるということです。

 とても残念なことです。本当なら、一つの差別を学んで、別の差別の実態を知らないといけなしし、知ったなら、更にお互い力を合わせて差別を無くして行かないといけないはずです。ですが、色んな現実の中で、すぐにそうはならない現実があります。

 それは二つの差別問題に限りません。他にも差別がいっぱいあります。女性差別であったり、性差別であったり、沖縄への差別であったり、アイヌ人差別であったり、福島への差別であったり、ハンセン病差別であったり、広島や長崎の被爆差別であったり、あんまり多過ぎて悲しくなります。もちろん、私自身すべての差別を知る者ではありませんし、自分は一切の差別をしない人間などと偉そうにも言えませんから、ほんの少し一つの差別を知ったとしてもただただ自戒するのみです。一つを通して、何とか他のものへ視野と理解を深めたいと願っています。

 さて今日与えられたテキストは、ちょっと難しかったと思います。実は10章の出来事を読まないと、11章のペトロの言葉は理解しがたいのです。10章には、ペトロがカイサリアでコルネリウスという人と出会い、彼に洗礼を授けたという出来事が記されています。

 先週は、エルサレムから逃げた弟子の一人フィリポが、エチオピアの高官に出会い、洗礼を授けた箇所を読みました。今日はペトロです。コルネリウスは、「イタリア隊」と呼ばれる部隊の百人隊長だったと10章にあります。「彼は信仰心厚く、一家そろって神を畏れ、民に多くの施しをし、絶えず神に祈っていた」と2節で紹介されています。この記述からすれば大変立派な人物だった訳です。

 けれども、その人間の中身より、彼がローマの軍隊の隊長という身分であり立ち位置というところに、大きな問題がありました。10章の9節から「ペトロ、ヤッファで幻を見る」という小見出しが付けられた長い一段落があります。長いので今日読むことは控えますが、見出しの通り、ペトロが幻を見たというのです。コルネリウスに出会う間の出来事です。それは天から大きな風呂敷のような布が降りて来て、その中に獣だとか、べびだとか、鳥だとかがいっぱい入っていたというのです。

 更にはそれらを食べるよう、声がかけられたといいます。ところがそれらはユダヤ教の戒めによれば、清くない物、汚れた物としてすべて食べてはならないと規定されていたものばかりでした。それで即座にペトロは拒否するのです。それまでも固く守って来た規定ですから、「清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません」と返答したのです。

 しかしその返答に「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」。そういう声がかけられました。この問答が三度あって、布は引き上げられたというのです。

 何とも不思議な出来事です。突拍子もない出来事だとも思います。戒めの規定を脇に置いて考えたとして、その布の中のものが万一苦手なものだったら、食べろと言われても困ります。ちょうど昼の十二時頃で、空腹を覚えた、とわざわざ説明されていますから、お腹が減ってるなら、いいから何でも食べなさいと強要されているようにも感じられます。いやいや、好き嫌いの問題ではなくて、戒めの規定ですから、と反論したくもなるでしょう。

 でも、ペトロの反論は、実のところ「好き嫌い」に近い、単純なものだったと思うのです。「食べなさい」「無理です」という、この三度に渡る押し問答は、本当は食べ物の問題ではなく、人を指す問題ではなかったかと想像します。

 人には食べ物以上に、人の好みがあるのです。誰にもあります。良いも悪いもなく、そうだとしか言えません。その良いも悪いもなく持っているえり好みを、ちょうど都合よく言い訳できる手段が、例えば「戒め」や「定め」だったりするのです。

 その戒めや定めは、明白な根拠がある訳でもないのに、いつの間にか強烈な掟や風習になって人を縛るのです。例えば、「女人立ち入り禁止」だとか未だに言うてるところがありますが、それがどんなに長い間の習わしであろうと、基本男性が勝手になした取り決めに過ぎないのです。

 ペトロが三度も同じ問答を繰り返したと書かれている背景には、そういう頑なな思い込みにペトロが捕らわれていたことを思わせます。もう当局から逃げ出したかつてのペトロではないのです。逮捕されようと恐れず、堂々と反論をなす人間へと変えられていました。にも関わらず、抱えるやっかいな縛りがあったということです。今や勇敢な伝道者として歩んでいたペトロでしたが、だからと言ってすべて完璧、あらゆることから自由であったのではなかったのです。

 ローマ人であり、ローマ軍の一隊長。その肩書を聞くだけで、ユダヤ人からすれば口も聞きたくない。親しく交わるなどあり得ない支配階級の人物、それがコルネリウスでした。そう思われて当然の関係が厳にありました。

 そもそもそこはカイサリアであり、ヤッファでした。地中海を臨むそもそもローマを筆頭に外国人の多い町です。もとよりガリラヤ湖出身の漁師に過ぎないペトロは、ギリシャ語が堪能だったパウロとは違って、どこか外国人への苦手意識が常にあったと思われます。

 しかし不思議な問答を繰り返した後会って見たコルネリウスは、果たして実に誠実な人物であったのです。当初の思い込みや苦手意識や事前の建前が、直接の出会いと関わりの中で、嘘のようにはがされて行きました。そうしてローマ人初の洗礼の時を迎えることになるのでした。

 牧師館のトイレに貼ってある7月のカレンダーの文言は、「終わり悪けりゃ全てダメ」と書いてあります。ほんまやなあ、と思って何度も口に出してしまいます。普通「初め良ければ終わりよし」とよく言う訳です。けど、大抵そうではありません。

 カレンダーにこうあります。「プラスチックごみ 作った企業の作りっぱなしが問題なのか 売っているお店の売りっぱなしが問題なのか 使った人の使いっぱなしが問題なのか この「ぱなし」に打つ手はないのでしょうか!」

 こんなふうに「しっぱなし」の無責任さが訴えられています。先日のG20、ほとんど何も成果がなかった中で、海洋流出する新たなプラスチックごみを2050年までにゼロにすることを主導したと政権は自画自賛しているようです。が、実は昨年のG7では日本とアメリカだけが海洋プラスチック憲章に批准せず非難されていたのです。日本の周囲の海洋プラスチックごみは世界平均の27倍に及ぶ中でのことでした。

 それはともかく、何か始めるには勇気が要ります。私など、始めるまでにあれこれ時間がかかるし、結局始められなかったということも多々ありますので、始めるだけでも凄い、偉いと思っています。

 だからとにかく始めてみよう、いざ始めたら後はついてくるものだ、という言葉も知っています。そういうこともあることでしょう。でもそうは行かないことこそ、本当は多いのです。ぱなしです。始めてはみたけど、後が続かなかった。始めた時は良かったんだけど、今はすっかり。そんな例がどれほどあることでしょう。ですから「終わり悪けりゃ全てダメ」は結構真実です。むしろ始めは良くなかったとしても、終わりが良ければ最高ではないですか。

 ペトロがコルネリウスたちに行ったことを聞いて、直ちに非難した者たちがおりました。「割礼を受けていない者の所へ行って、一緒に食事した」。かつてイエスもそう非難されたと同じことを言われました。それに対して淡々と自らの身に起こされた出会いと関わりと交わりをペトロは語ったのでした。それが今日のテキストです。三度に渡る不思議な問答のことも語っています。私はここにはそうは書かれていないですが、ペトロは自分の心の内にあった人間の頑なさについても語ったに違いないと推測しています。ちょうど「割礼を受けていない者の所へ行って、一緒に食事をした」という非難が、まさに自分自身も抱えていた頑なさの象徴であったからです。

 ペトロはこうして新たな一歩を踏み出しました。急に、一気に変わったのではなく、お次の一歩を踏み出す後押しを与えられたのです。私たちも同じです。あせる必要も、諦める必要もありません。次の一歩を踏み出せるよう、祈りましょう。

天の神さま、あなたは繰り返し繰り返し導きと後押しを下さる方です。感謝します。ここが終わりではありません。私たちはいつも、人生においても信仰においても途上を歩む者です。次の一歩を促す力を望んでいます。大胆にそれを与えて下さい。