今般の参院選に落選した女性候補からの呼びかけに励まされる。
女性教職を認める日本基督教団だが、その内実はまだまだ乏しい。一人の教職のつぶやきに現実を教えられる。
テキストには2人の女性が登場する。パウロは都合3名の女性指導者の働きを受け止めた上で(当時の時代状況の中では画期的)、「すべて真実なこと・・称賛に価することを心に留めよ」(8節)と呼びかけた。それは発言し、分かち合うことである。
雨宮処凛さんが、重度の障害を負う初の国会議員誕生のことを書いている。選挙戦では、多くの車いすの人たちが応援に駆け付けた。
その一人は、自分には「能力も、学歴も職歴もない。不平等な社会で34年間、死に物狂いで生きて来た」と語った。
 この訴えが聞かれない社会はおかしい。このようにして少しずつ社会の変革が進むのだろう。
 或る牧師は、このテキストの説教題に「女も男もない」と付けた。たとえ話で終わっては何もならない。誰でもどこでも、実存をかけ、Me too!と声を挙げること、それが平和を作るのだ。神さまから託された業である。

〈メッセージ全文〉
今般の参議院選挙で、比例区では、私は釜ヶ崎で出会った一人の女性に投票しました。残念ながら落選しましたが、選挙後に送られて来たメールに励まされました。一部を紹介します。
「解雇され、闘っても原職復帰が果たせず、それでも労働運動を続けてきた私は、「負けたところから学ぶ人生を歩む」タイプだと思うので、今回の「負け」も、自分の血肉にしていくつもりです。

 今回の立候補を機に、仕事も退職しましたので、落選し再び失業者となりました。立候補するということは、同時に様々なリスクを引き受けることでもあります。いろんな人が人生のどこかのタイミングで、もう少し気軽に政治に挑戦出来るよう、世界一高い供託金を下げたり、休職して選挙に臨める制度を整えたり、組織力もお金もない様々な当事者を、政党がより積極的かつ責任をもって候補者として擁立していくようになればいいなと考えています。ぜひ、あなたも挑戦してみてください。これまで見えなかったことが見え、わからなかった気持ちが理解できるようになります。

 これからのことは未定ですが、今後も、何らかの形で労働運動に関わり続け、そこから発信し続けていければと考えています。自分の職場をより働きやすい場所に変えていくということは、投票に行くよりも、よっぽど根気が要る、大変なことです。投票率48.8%の状況では、私たちの足元から変えていくことすら難しい。私は働く現場から、労働運動を通じて、社会を変えていくための「闘う基礎体力作り」を今後も続けていくつもりです。政治にお任せしている内は、変わりません。私たちから変わりましょう。

 応援してくれた全ての人に感謝します。ありがとうございました。」

 落ちた時、「不徳の致すところです」なんて言う人が多い中で、実に爽やかで力強いです。こういう人が当選して欲しかったと心から思います。

 日本基督教団は、創立の時点から女性教職を認めていました。その点ではとても革新的でした。でもその内実は?と問われると、誠に心もとない状況が今も続いています。前任地の石橋教会のおり、Tさんが随分と私を助けてくれました。彼女は当時、梅花女子中高の聖書科の教務教師でした。現在、新潟の敬和高校の校長です。
石橋時代、「わたしたちは大変なんやで。順ちゃんには分からんやろうけど」と何度も言いました。「私たち」というのは、「私たち女性教職」という意味です。助けられてばかりで、多分私は本当には今も彼女の言葉を理解できてはいないでしょう。それは、私自身の欠けもありますが、女性の存在がまだまだいかにもこの世界で損なわれているからです。

 さて、平和聖日の今日与えられたテキストは、フィリピの教会の信徒に宛てて書かれたパウロの手紙です。ここにはリディアという女性の指導者がいましたが、更には2節に登場したエボディアとシンティケという二人の女性リーダーがいたのです。何が起ったか原因は定かではないのですが、この二人の間でどうやらいさかいが起きたようです。
パウロは二人に対しては「主において同じ思いを抱きなさい」と勧めています。

 しかし、この二人は福音のために共に戦ってくれた大切な仲間であるから、リディアに二人を「支えてあげてください」と要請しているのです。二人の仲たがいは、教会のために良いことではなかったでしょう。でもその原因が、ただ二人の個人的な問題によるものだったかと言えば、必ずしもそうではないと推測されるのです。周囲の無理解や非協力がきっとあったのだと思われます。

 なにしろ、女性は男性の付属物のように扱われていた時代でした。小さな教会とは言え、3人もの女性指導者が用いられていること、パウロがわざわざ手紙に名を記して、その働きについて思いを馳せていること、それ自体が極めて画期的、革新的なことでした。

 パウロは女性たちの働きをきちんと受け止めた上で、呼びかけました。8節です。「終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や称賛に価することがあれば、それを心に留めなさい。」

 心に留めるとは、刻むこと、忘れないことであり、自分のうちにしまい込むことではなく、発言し、分かち合うことだと思います。

 雨宮処凛さんが、令和新撰組で当選を果たした船後康彦さん・木村英子さん二人について、選挙戦の事を交えて文章を書いています。船後さんは恐らく世界初のALSの国会議員。木村さんも重度の障碍者です。これも一部ですが紹介します。
「選挙戦が始まってみれば、連日、最前列には続々と車椅子が増えていった。また、ALSや、車椅子の重度障害者たちが船後さん、木村さんの応援にために駆けつけてくれた。

 選挙最終日には、筋ジストロフィーの小田政利さん、進行性難病の海老原宏美さん、筋ジストロフィーの梶山紘平さんが応援に来てくれた。3人とも人工呼吸器ユーザーでありながら、3人ともが一人暮らしをしている。ステージの上からそう告げると、みんなが一斉に驚いた顔をした。ちなみにALSで気管切開をして人工呼吸器をつけるふなごさんは喋れず、口からは食べられないけれど、筋ジスの二人は人工呼吸器をつけても話せて口から食べられるという。一口に人工呼吸器ユーザーと言ってもいろいろあるのだと、私自身が日々学んだ。

 小田さんがスピーチの冒頭、「みなさーん、ちょっと聞いてください。いきなりですが、僕、生きててもいいですか?」と問いかけると、みんな「生きてていいぞー!」と叫んだ。梶山さんは、「僕には能力がありません。学歴も職歴もありません。では何をやってきたか。不平等な社会で、34年間、死に物狂いで生きてきました」と語ると、大きな拍手が辺りを包んだ。

 ハートネットTVなどでおなじみの海老原さんは、個人的に前からファンだったので会えて嬉しかった。呼吸器を小脇に抱えて世界を旅し、日本酒が大好きという彼女の毒舌はいつも番組でも冴えていて「清く正しい障害者」像をいつもぶち壊してくれるのだが、そんな彼女はこの日、真剣な顔で自分たち障害者が運動を重ねて地域生活を勝ち取ってきたことを話した。

 「私たちは、ただ口を開けて、手をこまねいて自分たちの地域生活の権利というものが与えられることを待っていたわけではありません。自分たちの姿を社会にさらし、人目にさらし、時には社会から大きな批判を受けながら、浴びながら、自分たちの地域生活の権利や、命の権利というものを勝ち取ってきたんです。

 なぜ私たちがそれだけ頑張れたのか。命を縮めながら、障害の重度化を起こしながら、なぜこんなに頑張ってきているのか。それは、重度障害者、社会のなんの役にも立たない、生産性がないと言われているような私たち重度障害者が安心して生きていける社会というのは、すべての人にとって安心し生きていける社会だということを、私たちが一番よく知っているからです」

 そして開票日、ふなごさん、木村さんという重度障害者議員が誕生した。

 これから、この国のバリアフリーは国会主導でバリバリと音を立てて進んでいく。

 これが「革命」じゃなくて、何が革命なんだろう。」
本当にそう思います。「不平等な社会で、34年間、死に物狂いで生きて来た」、この訴えが聞かれないとしたら、余りにもおかしいです。こういう発言が世界を変えて行くに違いないと信じます。
今日のテキストに、O牧師は「女も男もない」という説教題をつけていました。賢そうなたとえ話を幾つしてもダメです。実存をかけて具体的に声を挙げることが、平和を作るのだと教えられます。Me too!私も!と声を挙げること、それは女も男もない、何人かも関係ない、誰でも、どこでも人間に託された神さまからの業であることでしょう。
かつてイエスは言いました。「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイ5:9) 

天の神さま、あなたに愛されている一人ひとりが、愛されているに相応しい社会を作ってゆくために、声を挙げられるよう、勇気を与え、後押しして下さい。