「寿司に釣られて」
牧師 横山順一

 今更だが、神さまの「時」には感服する他ない。
 実は、関西労働者伝道委員会に入ったきっかけは、M牧師から「旨い寿司を食いに行こう」と誘われたからだった。

 関西労伝の当時の三名の共同代表の一人だったT先生の息子さんが、委員会会場近くで寿司店をしているというのだ。
 てっきり御馳走してもらえると勘違いした。回らない寿司屋だとも思い込んだ。
 いざ行ってみれば、自腹だったし(当たり前だ)、回る寿司屋だった(T先生、済みません!)。
 本当に、邪(よこしま)ではある。恥ずかしく思う。
 だが、この邪さがなかったら、間違いなく関西労伝に出入りしなかっただろう(ほぼ居直り)。
 だからこそ、邪さをも用いて招かれた神さまに、ただ頭を垂れるのみである。

 そのT先生からは、教会に籠るのではなく、宿営(教会)を出ることを示された。
 M先生からは「見通す力」を教えられた。目先に捕らわれず、視線をはるかに広く見て考えるということだ。
 またK先生からは、一人でも言動する。正しいと思うことを躊躇しない姿勢を学んだ。
 物凄く過去の話のようだが、せいぜいここ十数年来のことに過ぎない。(断っておきますが、三人の先生方、お元気でそれぞれ働いておられます。これは弔辞ではありません(笑))。
 悲しいのは、これだけの教えを受けながら、何一つモノになっていないという事実。どーしたもんじゃろのー。

 かつて関西労伝は、学生たちを様々な会社へ送り込んで、労働しながら聖書に学ぶというインターン制度を敷いていた。
 三人の先輩牧師たちは、皆がそれ(インターン)を経験した人ばかりだ。
 ところが、時代が変わって、現在の労伝は、基本的に釜ヶ崎の日雇労働者やホームレスの人々の人権を守るという限定された働きになった。インターン制度も、しばらくの間休止状態だった。
 誘ってくれたM牧師にしても、今のほとんどのメンバーは、もちろん私も、インターンを経験していないから、修行しながら労伝を形成していると言っていい。

 今年の年度報告会(一般的に言えば総会)には、九州からI先生を招いた。労伝インターンの大先輩であり、四十六年に渡って炭鉱の町で格闘してきた方である。
 I先生からは「失敗を忘れず、そこから出発し、ひきずりながら歩む」生き方を教わった。
今夏読んだ本の一冊、昨年十月に出された「筑豊に出会い、イエスと出会う」と題された著書には、その誠実な生き方と告白が凝縮していた。先生とは質が違うが、失敗の多い私には大いなる励ましとなった。

 一昨年、関西労伝の六十年誌「イエスが渡すあなたへのバトン」を刊行した。その中に、I牧師は「関西労伝の存在意味は、消される側に立ち続けて、国や資本に抵抗し続けることにこそある、とますます思う」と書かれた。
 この重いバトンを渡された者の一人として、自らそれを引継ぎつつ、何とか次へバトンを渡したいと願っている。
誰か、寿司に釣られてやって来ないものか(笑)。