今日は私の自己紹介と、洗礼を受けようと思ったきっかけについてお話しさせていただきます。

私は5歳までは大阪、6歳から12歳までは熊本、13歳から神戸に住んでいます。家族がクリスチャンなので小学生までは毎週こども教会に通い、年齢も学校もちがう友達がたくさんできて、教会に行くことが楽しみでした。しかし中学校に入学すると部活動が忙しく、また思春期のためか教会に自分の居場所がないような気がして、だんだんと足が遠のいてしまいました。でも教会にまたいつか通いたいという気持ちは持ち続けていたので、このままでいいのかと不安に思うようになりましたが、なんとなく行きづらいとモヤモヤしていた時に、余島キャンプに誘っていただきました。これは神様が私を教会に引き戻してくださるように与えられたチャンスだと思い、スタッフは初めで不安も大きかったですが、引き受けさせていただきました。

私は長い間、洗礼を受けたいという気持ちはありましたが、ずっと決意できずにいました。初めて洗礼を受けようと初めて思ったのは小学生の頃で、母の洗礼式を見た時です。その時から私もいつか洗礼を受けようとぼんやりとですが考えていました。2017年のキャンプが終わった頃にそろそろわたしも洗礼を受けたいと考え始めましたが、すぐには決意できず、とりあえず1年間用事のない日曜日は必ず教会に通おうと決めました。1年間通えたら洗礼を受ける自信がつくだろうと当時は考えており、実際に実行できました。しかし2018年のキャンプが終わった時に1年間を振り返ってみると、洗礼を受ける自信がついたとは全く思えませんでした。そもそも1年間通ったから自信がつくなんてことはなかったのかもしれません。その代わりに、私が洗礼を受けたいと長年思っているということに、その時初めて自分自身が気付きました。これだけ長い間考えているのなら、もう受けてもいいのではないかと思いました。

そんな私がなぜ洗礼を受けるか長年迷っていたかというと、自分が思うクリスチャン的な行動ができないと、考え方一つでは自分を苦しめることになるかもしれないと感じていたからです。しかし、小さいころから聞いていた神様の言葉や、大人になってから教会で感じたこと、母が忙しい仕事の間に時間を作って聖餐式の準備に行く姿をみたり、家族が教会を大切に考えていることを思うと、あまりためらいなく洗礼式の日を迎えることができました。

昨年12月の洗礼式の日、祖父母と母が東神戸教会に来てくれました。わたしは今まで生きてきた中で一番、神様を近くに感じ、家族そろって礼拝に出席できたことに心から感謝しました。洗礼を受けたからといって日常生活が劇的に変わることはありません。でも多くの方がずっと私と教会を繋いでくれていて、洗礼を受けようと素直に思えたことは本当に嬉しかったです。ふだん教会に来て牧師の説教を聞き、讃美歌を歌い、東神戸教会の方とあいさつを交わすと、帰る頃には今日も教会にきてよかったと毎回思います。教会でいつも「加奈ちゃん」と声をかけて迎え入れてくださる温かい東神戸教会の方々にも感謝しています。これからもどうぞよろしくお願いします。

お祈りします。神様、今回このような機会を与えられたことに感謝いたします。日々の生活に追われると、つい神様のことを忘れてしまいそうになる瞬間もありますが、いつでもあなたがそばにいてくださること、そして家族やたくさんの方々が私たちを支えてくれているということを忘れず過ごせるようにしてください。いつも神様に真っすぐと心を向けて開いていられるようにお守りください。この祈りを主イエスの御名を通してお捧げいたします。アーメン。