「天災は忘れた頃やってくる」で知られる物理学者・寺田寅彦。鷲田清一さんが、「一点の位置を決定するにも3つの数字が必要」との言葉から、「無理やり共通軸をあてがうより、差異やコントラストに着目するほうが生きやすい」と述べる。
ユダヤ民族信仰のアブラハムがハランを旅立った箇所がテキスト。これとイサクを捧げようとしたことでアブラハムの存在価値が決定した。
75歳とされているが、今の感覚なら現役バリバリの40歳頃としていいだろう。私たちなら、行き先知らずで旅立てるか。無計画や筋書きなしを「無謀」と呼ぶだろう。
このまだ何も結果のない、何が目に留まったかも明らかではないアブラハムに、「大いなる国民とする」との驚くべき祝福と約束がなされた。神こそ無謀だったと言える。
人には理解し難い祝福と約束。聖書記者は、そこに愛があったと伝えたかったに違いない。
イエスが生前語った、「私があなたがたを選んだ」(ヨハネ15:16)の言葉が、それを証ししていまいか。
アブラハムはそれ(選びの主体)を聞き続けようと、旅のあちこちで祭壇を作った。私たちも同じようにしたい。

<メッセージ全文>
 戦前の日本を代表する物理学者、寺田寅彦。以前土佐教会におりましたので、私は高知出身のこの学者に親しみを持っています。「天災は忘れた頃にやって来る」と言う言葉が、寺田の発言の中で最もよく知られています。

 先日、新聞のコラムに「空間の中に静止する一点の位置を決定するだけでも三つの数字が必要である」という言葉が紹介されていました。その筆者・鷲田清一さんの文章を読みます。

 「世の中は比較を好み、人に優劣を競わせるが、優劣は「一つの線状尺度」でしか決めようがない。空間上の位置でも三つの軸を必要とするのに、人の力量や自由度ともなれば、比較の軸も三つにすら絞り込めないと、物理学者は言う。人に無理やり共通の軸をあてがうより、その差異やコントラストに着目するほうが、人は生きやすいに決まっている。」

 なるほどと頷きますけど、こういうことを戦前に語っていることの先見性に驚かされます。人は色んな面を持っている訳で、たった一つの尺度で見てもその人のすべてではない訳です。例えば学力だけで人は決められない。それより、違いとかその人オリジナルの能力を見つめるほうが、見られる人も見る人も互いに自由だし、気楽だということです。昔以上に、今こそこの理解に立てば生きづらさを少しは解消できることでしょう。

 もっとも、「天災は忘れた頃にやって来る」とのよく知られた言葉については、近年何だか当てはまりません。まだ前を忘れないうちに、次の天災がやって来ます。忘れてないのに、上書きされてしまう感じがします。
 
 さて、今日は創世記からアブラハムがまだアブラムと名乗っていた頃の物語がテキストに与えられました。アブラハムがユダヤ民族の信仰の祖として大切にされていることは、イスラエルの人々はもちろんですが、私たち聖書を読む者として忘れようもないことです。

 その際、アブラハムが行き先知らずで旅に出たこと、そしてようやく授かった息子イサクを犠牲として捧げようとしたこと。この二つの出来事がアブラハムの存在価値を決定付けました。いずれも、普通に考えたら到底受け入れがたい命令によるものであって、よくぞ受け入れた。確かにアブラハムは神さまにただ従順だった人とされる出来事だったでしょう。

 その一つが今日読んだ箇所です。ハランという町に住んで、取り立ててそこに住むのに何の問題もなかったのに、神さまの命を受けて旅立った訳です。その時、彼は75歳だったとあります。その数字のまま受け取る年齢ではありません。あとの25章を読むと、アブラハムが死んだのが175歳だったと書かれています。

 ついでに言えば、妻のサライはアブラハムより10歳年下で、長らく子どもができなかったのに、90歳の時に初めての子イサクが与えられ、127歳で亡くなったと書かれています。

 妻のサラも含めて、これらの年齢は、象徴的に受け取るべきものですから、要するに二人は現役バリバリの頃にハランから旅立った。相当年取ってイサクが与えられ、サラは先に亡くなったけれど、アブラハムは長生きした、そういう一生だったということです。

 今で言う、現役バリバリの頃って大体何歳くらいになるでしょうか?先週、70歳のリチャード・ギアに子どもができたというニュースを見ましたが、仮に当てはめるとしたら、40歳くらいでどこに行くか分からない引っ越しをして旅を続けて、70歳くらいで息子が生まれて、100歳くらいまで長生きをしたと考えたら、ちょっと分かりやすいかもしれません。

 それで想像すると、自分だったらどうかと思うのです。父の代から住み慣れた町を40歳くらいで出て行くこと。どこに行くかは全く分からないということ。70歳くらいでようやく子どもが与えられた、それなのにその子を犠牲に捧げよと命じられたら。何だか、ちょっと落ち着くたびに、すべてをひっくり返されるような出来事が与えられるのです。或る意味「忘れた頃にやってくる天災」に近い出来事ではないでしょうか。

 これはやっぱり嫌ですね。とても応じられないと思います。だからこそ、アブラハムがイスラエル信仰の祖として崇められるのは、当然のことだと思えます。むしろこんな命令を出す神さまこそあんまりだ、横暴だと言っても過言ではないでしょう。そうならこれに従ったアブラハムは、神に従順だったと言えば聞こえはいいけど、本当は無謀過ぎたのではないか、彼一人ならまだしも、他に家族もいたのに、あんまりの引き込みだという気がしてくるのです。

 ところが、今日読んだ一連の出来事の始まりの箇所、つまり神さまの最初の命令をよく読み返してみる時、真に無謀だったのは誰なのかを知らされるのです。ハランの地を出るよう命じたあとの2節3節をもう一度読んでみましょう。

 「わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める 祝福の源となるように。
 あなたを祝福する人をわたしは祝福し あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて あなたによって祝福に入る。」

 この圧倒的な神さまの祝福と約束は何なのでしょう。アブラハムはこの神さまの祝福と約束を聞いて旅立った訳です。ですが、妻サラは不妊の女(11:30)と特記されているくらいで、夫婦にはこの時点で一人の子どももいなかったのです。実際、しようがなく旅の途中で奴隷の女性ハガルを側女として、子どもを作るのです。アブラハムが86歳の時だったと16章にあります。自分とサラの間に子どもはできないという現実を受け入れていたからに違いありません。

 ですから、後に99歳になった時、100歳で子どもを授かるとの天使の予告を聞いた折り、サラは密かに笑ったと書かれているのです。あり得ないというシニカルな笑いだたでしょう。

 つまり神さまが語った祝福と約束は、アブラハムにとり、サラにとり、到底現実的ではないものでした。子どもが与えられないのに、どうして自分が大いなる国民なのか。どうして地上の氏族すべてが、自分によって祝福に入ることになるのか。どう転んでも想像すらできない。これがアブラハムの実感ではなかったかと思います。

 そしてその実感こそは、まさにこの時点での神さまの現実でもあったのです。語った通りの祝福が実現するのは、イサクの子どもヤコブの時代においてでした。はるか時代が後になってからです。神さまは嘘偽りはなく、確かに祝福の約束を守られたけれども、それはアブラハムに対して実現したことではありませんでした。

 アブラハムから見たら、恐らく理解不可能の神さまの祝福と約束は、同時に私たち人間から見た時、無謀としか言えない一方的なものだったと言えます。アブラハムの何が神さまの目に応えるものだったか、聖書は何も書き記していません。そもそも何もまだ起こされていない時点です。更に、この後アブラハムが期待に沿えるかどうか全く分からない状況の中で、余りにも豊かな祝福と約束がなされました。通常私たちが立てる計画や筋立てがなく、言葉悪く言うなら「思いつき」のような約束で、私たちはそれを「無謀」と呼びます。

 しかしこの神さまの無謀の訳は、本当のところアブラハムだけでなく私たちには分からないことでしょう。ただ一つ、聖書記者たちの思いは、無謀だけれども、信じて委ねた愛があったのだと伝えることではなかったかと想像します。

 祝福するに相応しい内容。そしてその期待に十二分に応える結果。それがあって初めて与えられる、通常人が思い、当然とする契約であり祝福ではないのです。神さまこそは、無理やり共通の軸をあてがうことをしても内実を掴める相手ではありません。こうして、聖書記者たちが懸命に思いを込めた記述を通して、人間とは圧倒的に違うその差異や、はるかに逆転する価値観のコントラストに着目するだけです。そしてそれに気づく時、人は人生を生きやすく誘っておられる方が誰かをはっきり知ることになるのでしょう。

 生前のイエスの次の言葉が神さまの無謀をよく表しています。「あなたがたが私を選んだのではない。私があなたがたを選んだ。」(ヨハネ15:16)。アブラハムはこのことを確認しながら歩むために、旅の途上、あちこちに祭壇を築いて、聞き続けたのだと信じます。私たちも同じようにしたいと望みます。

天の神さま、深くて大きな愛をありがとうございます。あなたの期待に十分応えるにふさわしくありませんが、どうかそれでもお用い下さい。聴いて歩む者として下さい。