「ラーメンとアーメン」
牧師 横山順一

 私は、「ラーメンの汁を全部飲みたい派」なのだが、家人の健康的観点から止められている。
しかし、それでも飲み干してみたいラーメン店がある。NHKのBSプレミアム「麺の匠」で放映された「銀座・八五(はちごう)」のラーメンスープだ。

店主の松村康史さんが、懸命に生み出したスープは、まさに黄金のスープ。
うちのラーメンはスープと打ち出し、真水にすべての旨味を入れるための努力を惜しまない。
にも関わらず、手間暇は九割で敢えて留め、あと一割は自分も分からない複雑な味の登場に期待するという。

実は彼は、京都全日空ホテル(現・ANAクラウンプラザホテル京都)の総料理長だった。京都府の「現代の名工」に選ばれ、厚生労働大臣表彰も受けているフレンチ料理の巨匠である。

それが五十五歳を機に方向転換し、一杯の丼にすべてが凝縮されているラーメンをやろうと上京したのだった。
そして四年、通常ラーメンに欠かせない「たれ」を使わない驚きのスープを完成させ、新しい店をオープンした。
店名の八五(はちごう)は、店の面積八・五坪から来ているそうだが、八を富士山に見立て、誰でも登れる五合目から上は努力なしにたどり着けないという思いも込めている。

ただただ唸った。黄金のスープも飲んで見たいが、「死ぬまで上を目指す」と語る松村さんの決意にやられてしまった。同い年だから尚更である。

私は例えば、説教で「同じ話を繰り返す」ようになったら、或いは「面白いタイトル(説教題)作りに手を抜く」ようになったら、その時は牧師を辞めようと思って来た。
要するに「辞め時」の設定だ。ずるずる自分の都合で引きずっては、周囲に迷惑をかけてしまう。引き際を誤らないことは肝心だと戒めている。
それはそうなんだけど。同い年の松村さんは強烈な意志を抱いていて、「死ぬまで」と言い切る。
死ぬまで牧師などと思っていなかったし、今も思ってない。なのに、ちょっとだけ尻に火をつけられてしまった。

松村さんは後進に向って「型にはまるな」と述べる。
ところで九月二十日の開幕から一か月、ラグビーのワールドカップに酔いしれて過ごした。
ラグビーの醍醐味は、何と言っても「トライ」だ。草創期は、トライしても点数は与えられず、あとのキックで加点された。ゴールは目標ではなく、試すことにこそ価値を重んじたからだ。

ラーメンと説教は違う。説教はアーメンだ。
それは冗談だが、存外に信仰と料理とラグビーは、相通ずるものがあるかもしれない。型にはまらず、試してみるセンスだ。
説教だって、素材が全てなのだ。手間暇九割で、あと一割こそ神の働きにかかっている。
全部飲み干してもらって、元気が出た!と言ってもらえるような説教ができたら望外の幸せだ。
私は料理ができないのでしてこなかったが、それが言い訳であることは誰より自覚している。
試さねばならない。少なくとも、その意思を抱き続けねば。ホーンが鳴っても、プレーが途切れない限り終わりはないのだから。