片岡君は真面目で優しいので、村の青年団長に選ばれました。それでリーダーにふさわしくなりたいとあれこれ懸命に頑張りました。
力強い人でありたいと、体を鍛えました。声が大きいほうが皆を引っ張れると、ヴォイストレーニングにも励みました。何か月かすると、随分効果が出て来ました。
或る日、広場で団員に「集合」を呼びかけると、三分の一くらいしか集まりませんでした。片岡君は不満に思いました。
実は隣町で洪水被害が起って、手助けに行ってたので少なかったのです。トレーニングに夢中で被害のことを知らなかった片岡君は慌てました。リーダーにふさわしくないと言われたらどうしようと心配になりました。
そこでお菓子を配って挽回しようとしたのですが、かえって皆の心が離れてしまいました。
先輩に相談すると、聖書を貸され、示されたのはエレミヤ書でした。「牧する(リーダーの務め」」とは「同伴する、友になる」ことと知りました。
自分が正義になっていたことを反省した片岡君は、「主の正義」にならって、仲間と共に歩むようになりました。そうして「やっぱり片岡君が団長で良かった」と言われるようになりました。
めでたし、めでたし、感謝、感謝。

<メッセージ全文>
 西平野村という村に、片岡君という青年が住んでいました。片岡君は、このたび、村の青年団の団長に選ばれました。片岡君は、真面目で、優しくて誠実で、いつも笑顔だったので、みんなが団長にふさわしいと思ったのです。

 団長に選ばれた片岡君は、真面目ですから、こう思いました。団長って、みんなのリーダーだから、選ばれたからには期待に添うよう、一生懸命がんばらなくっちゃ!

 そして考えました。「これからはリーダーなんだから、弱弱しいのは似合わないよな。やっぱりみんなを引っ張って行くには力強い人間でないとダメだよな。」

 それで体を鍛えることに決めました。朝晩10キロ走ることにしました。それからジムに通って、ダンベルをしたり、スクワットしたりして、懸命に体を鍛えました。ついでにプロテインのサプリメントも飲み始めました。

 3か月くらい続けていると、効果テキメンです。片岡君の体は、目覚ましく変化しました。筋肉もりもりのマッチョマンに大変身です。
 よしよし、我ながらよく頑張ったぞ。これくらい力強いと、みんなが僕を遠慮なく頼ってくれるに違いないよ。片岡君は内心ほくそえみました。いつでもいいぞ。みんな何か困ったことがあったら、僕んとこへ来いよ。力はもりもり、何だって手伝ってあげるからな!

 ところが、一週間待っても、二週間待っても誰も来ないのです。おかしいな~。どうして誰も来ないんだろ。準備は万端なのに!最初は当てが外れてがっかりしていた片岡君でしたが、段々腹が立って来ました。

 もしかしたら、僕がみんなに遠慮して、あんまりものを言わなかったからかもしれないな。そうそうリーダーたるもの、遠慮なんかする必要はないはずだ。ようし、これからは、何だって一番にしゃべってやる!

 それで体だけでなく、ヴォイストレーニングに励んで声も鍛えることにしたのでした。
一か月もすると、肺気量がアップして、相当大声が出せるようになりました。もうぼちぼちええやろ。片岡君は村の広場の真ん中に立って、勢いよく息を吸い込むと、今度はありたっけの声を出して叫んだのです。「みんな~、ここに集まれ~、全員集合だ~!」

 さすがにその声は村中に響き渡ったので、仲間たちが一人二人と広場へ集まって来ました。でも青年団の三分の一くらいでした。全員来なかったので、片岡君は不満そうに尋ねたのです。「リーダーの俺がこんなに頑張ってるのに。何で俺が呼んだのに、全員来ないんだ?」

 僕って言っていた片岡君、いつのまにか俺になっていました。「ともかくだ、俺がリーダーなんだからな。」最初は黙っていたみんなでしたが、「何か言ってみろよ」と片岡君がしつこく強く尋ねたので、一人がおずおずと答えました。「あのね片岡君。この間大雨が降ったでしょう?あの時隣の村で洪水になって、来なかった仲間は親戚の人たちの家に手伝いに行ってて、大変なんだよ。」

 それを聞いた片岡君、びっくりしました。あちゃ~、毎日プールやジムにばかり行ってたから、そんな災害が近くで起こってたなんて知らなかったよ。これはまずい。リーダーなのに何だよって、文句言う奴が出て来るかもしれない。何とかしなくっちゃ。

 「実は、それを考えてたところだったんだ。困ってる仲間がいるんだから、俺たちも今からすぐ手伝いに行こうじゃないか。どうだ?」
 あせって言いましたが、今度もみんな黙って返事しないのです。「じゃあ、仕方ない。多数決で決めよう。今すぐ手伝いに行くべきと思う人は手を挙げて!」

 一瞬片岡君は得意になりました。よしよし、この調子。リーダーが話をまとめるもんだ。多数決で決めるなら常識だしな。大体、俺は何も悪いことした訳じゃない。むしろ頑張って来たんじゃないか。

 それなのに、みんな手を挙げなかったのです。挙げないだけでなく、みんなが冷たい目で片岡君を見つめています。一人が我慢ならないように言いました。「あのな、実は僕たちもさっきまで手伝いに行ってて、帰って来たばかりなんや。腹減ってるし、疲れてるし、もういい加減にしてくれん?」

 片岡君の血がさーと引いて顔が青ざめました。まずい、まずい、超まずい!緊急に何とかしなくっちゃ。片岡君はみんなをちょっとだけ広場で待ってて欲しいと頼みまくって、全力で走って家に帰りました。そして体を鍛えている間、食べずに我慢して取っておいたおやつのチョコレートやらクッキーやらを山ほど抱えて戻って来ました。「みんな腹減ってるんだろ?これ、みんなに分けてやるよ。」そう言って、お菓子をばらまいたのでした。

 だけど、もらった仲間はわずかでした。それに「ありがとう」も言いませんでした。お菓子で挽回しようと思った片岡君でしたが、完全に当てが外れました。それどころか、何ももらわず帰って行った仲間がボソッと「今必要なのはお菓子なんかじゃないのに」ってつぶやいたのが聞こえたのです。

 気づいたら、みんな帰っていて、広場には片岡君一人が残されていました。本来は真面目で、優しくて誠実な片岡君でした。彼なりに頑張って来たつもりでした。でも何をやっても上手く行きません。さすがにつらくなって笑顔が消えてしまいました。
家に帰っても気持ちが塞いで堪まりません。孤独に耐えきれなくなって、村はずれに住んでいる青年団の先輩を訪ねることにしました。彼はもう結構な年ですが、これまで片岡君をずっと可愛がってくれた先輩でした。

 静かに話を聞いた先輩は、「片岡君、一度これを読んでみたらええ。」そう言って、しおりをはさんだ聖書をくれたのです。先輩は近くの教会に通うクリスチャンでした。

 家に帰って来た片岡君は、しおりがはさんであったページを開いて、ゆっくり読んで見ました。それはエレミヤ書の23章でした。すぐにはよく分かりませんでしたが、何度か繰り返して読んでいるうちに、悪い羊飼いのことが書かれてあって、そうではなく神さまは良い羊飼いを送るということが書かれていることが分かりました。1節にあるように、悪い羊飼いは、羊の群れを「滅ぼし、散らす」のだと。そして神さまは悪い羊飼いによって散らされた羊を集め、元の牧場に帰し、増やし、そこに良い羊飼いを置くと言われたのだと知らされました。しかも6節には、その人は「主は我らの正義」と呼ばれる、そういう良い羊飼いであると分かったのです。

 もともと真面目な片岡君ですから、「わたしの民を牧する牧者」とは何のことか、誰のことか、辞書で調べたのでした。牧者とは羊飼いのことで、牧するとはヘブライ語では「ラーアー」と言うのでした。ラーアーを調べると、「養う、同伴する、友になること」という意味があることも分かりました。

 その時、ハッとしたのです。自分も青年団のリーダーだ。だけど、自分ばかりが中心になって、誰も養っていなかった。誰かと同伴もしなかったし、リーダーになってからみんなの意見も聞かず、友になっていなかった!だからみんな散ってしまったんだ。

 片岡君はつくづくと反省しました。自分が正義になっていたのだ。
それからの片岡君はすっかり変わりました。大声を出すのも、腕力に頼るのも止めました。まずは一人ひとりの意見を聞くようにしましたし、多数決で何でも強引に決めてしまわないよう気をつけました。いつも誰かと一緒に歩くよう心を配るようにしましたし、何より仲間の友だちになることを心掛けました。
すっかり変わった片岡君にみんなが声を掛けました。「やっぱり片岡君を選んで良かったよ!」
片岡君が先輩に誘われて教会に通うようになったのは、しばらくしてからでした。若枝も、「主は我らの正義」と記されてあった主も、救い主イエスのことと教えられました。片岡君の正義は、主の正義へと変えられたのでした。それが片岡君の希望になりました。

天の神さま、私たちの正義はしばしば思い込みだったり、片寄っていたりします。揺るがない、愛に基づくあなたの正義を教えて下さい。