+1 「どぶ録から」
牧師 横山順一

 一月二十日から開幕した国会の冒頭、「今年はねずみ年だが、ドブネズミみたいに走り回ってはいけない」と某野党議員が述べた。疑惑の諸問題や長期政権を指してのことだ。

ドブネズミは立派な種名だが、下水溝などを住み家にして、衛生面で人間にはうれしくはない。にしてもドブネズミに例えられるとしたら、当のドブネズミには迷惑な話かもしれない。

久しぶりに「どぶ」という単語を聞いた。どぶは「溝」と書く。下水などの水路を意味する。蛍が住むようなきれいな小川ではない。

はまったなら最悪の事態で、だからこそ「溝板選挙」などという言葉もあった時代があった。
各家の溝板を踏み外してズボンやシャツが汚れてもいいように予め「替え」を備えて支持を訴えて回る泥臭い戦術がそれである。

しかし下水管が相当に整備された現代では、「どぶ」と聞いて、家庭の生活排水などが流れ込んで、ポコポコ泡立っている「どぶ川」をイメージできる人は、今は余りいないのではないか。

私は想像できる人間の一人だ。どぶにまつわる悲しい体験もある。小学校二年生の時、何を調子に乗っていたか忘れたが、ともかく近所のどぶにランドセルを落としてしまったのだ。
汚水としか言えない粘り気のある灰褐色の水中から拾い上げたランドセルは、水洗いした上で何週か乾かしたが、いつまでも腐臭が抜けなかった。
その上、止め金具が壊れ取れてしまった。変色でどこのメーカーかも分からなくなったので、修理の出しようもなかった。
父が、穴を開け、太いタコ糸を通して結ぶように工夫した。壊れさえしなければ、一発でカチャッと留められたのに、いちいちタコ糸を結ぶ羽目となった。
留め具だけのために新しいランドセルを買ったりはしない親だった。今となっては、それは当然と思えるが、当時は悲しかった。
何となく臭う、留めるのが面倒くさいランドセルを背負って残り五年間を過ごしたのだった。
中学に入り、どぶで洗礼を受けたランドセルから解放され、たまらなくうれしかった。

時代だけの問題でなく、かような次第から、私はどぶと聞くと「臭い」がことさら付きまとう。
その頃のサラリーマンの服装の定番が「ドブネズミ」色の背広でもあった。

背広の色同様に、いつの頃か、踏み外す可能性のある木製の溝板は、丈夫な格子状の鉄製に取って代わった。だいたい溝板などとは言わない。「グレーチング」である。
そしてグレーチングの下を流れるのは、基本「雨水」に限られる。
ランドセルを落とす心配はないし、万一落としても汚くはない。何とも良い時代となったものだ(笑)。

 ただし、溝が消え失せても言葉として厳然と残っている「行為」がある。
 「全くもってもったいないことをする」ことを「どぶに捨てる」と称する。
 下水管を筆頭に、懸命に整備して来たインフラが続々と老朽化している。代えるしかないが、人も金もないという。ばんばん防衛費につぎ込んでそれを言うか。どぶに捨ててはならない人の命だ。