《 本日のメッセージメモ》
 「出禁(できん)」とは、出入り禁止のこと。迷惑をかけて施設側から言い渡される宣言だが、恥ずかしくて自ら行けない場合もある。
当局に狙われ、言わば出禁となったエルサレムからガリラヤ湖に戻ったペトロたち。故郷も出禁と言えたが、復活のイエスによって解かれた。
食事の後で(15節)イエスはペトロに大切な話をした。そこには既に温かい配慮があった。
三度同じ問いかけと命令が繰り返された。問いかけの二度目までは敬意における愛を表すアガパオ―が使われたが、最後はペトロが使った人間愛を示すフィレオ―が用いられた。ここにもイエスの思いやりが込められていた。そのうえで「私の羊を飼え」との命令がなされた。
今風に言うなら再雇用が許されたのだ。ペトロの過去は何も問われず、一方的に。更に、お前を「切らない」というイエスの思いが背景にあった。
当時、悪化する一方の教会・社会環境にあって、人びとの混乱も大きくなった。どうしても伝えたい出来事があって、後代の加筆となった。
ヨハネの弟子たちは、ペトロの体験を通して動揺する人々に、過去は問わない、切らないイエスの思いを伝え、「応えよう」と呼びかけたのだ。
私たちもそうしたい。

《 説教全文 》
 皆さんは、「出禁(できん)」という言葉を知っていますか?出禁になった経験がありますか?恥ずかしながら、私にはあります。店の大将と喧嘩になりました。
「出禁」とは、「出入り禁止」の略語です。多くは、他のお客さんに迷惑だとか、店の利益を損ねたとかで、店側から立ち入りを制限されることを指します。店から言われる場合もありますけど、自分がしでかしたことをよく分かっていて、恥ずかしくてそこには二度と行けない、そういう店があります。
 
 今般、出禁に新しいタイプが加えられました。何もしていないんだけど、感染防止のために立ち入らない。或いは店まるごと出禁にするという場合です。教会が今まさにそれで、この出禁は本当、一日も早く解除したいものです。

 さて、イエスの十字架の出来事のあと、弟子たちはそれぞれ散らされて行きました。エルサレムが彼らの出禁となりました。これは当局に狙われて命がかかっていましたから、致し方ありませんでした。

 それでペトロたち元漁師は、ガリラヤ湖へ帰って来ました。彼らにとっては、そこを振り捨てて出た場所ですから、或る意味、故郷ガリラヤも出禁だったかもしれません。

 しかし、先週の箇所で読みましたように、その出禁のガリラヤ湖に復活のイエスが姿を現し、かつてと同じように大漁をもたらし、一緒に朝食を取ることができた。言わば、出禁が解除されたような出来事が起こされたのでした。

 今日読んだのは、その先週に続く箇所でした。15節冒頭、「食事が終わると」と続けられています。さらっと書かれていますが、これは案外に大事なことが含まれています。「食事の前に」でもなく、「食事の最中に」でもなく、「食事のあとで」イエスがペトロに語ったのです。

 ペトロに対して大切な事柄を話すに当たって、イエスは食事の後に語る配慮をなした訳です。私たちだったら、しばしば言いたいことは後先考えずに口を開いてしまいがちです。食事の最中だったら、せっかくの再会の食事なのに台無し。ペトロにも他の弟子にも気まずいものになったに違いありません。

 思い起こせば、イエスの逮捕の直前「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と誓ったペトロでした。遠い昔ではなく、ほんのちょっと前の出来事です。詫びを入れて、大将が許してくれたとしても、恥ずかしくて顔を上げられない痛恨の出来事がありました。「食事が終わると」とは、実にわずかな説明ですけど、イエスの思いやりというか、優しさが感じられてならない記述だと思うのです。

 その食事後に、イエスは「わたしを愛しているか」とペトロに尋ねるのです。それも三度です。本当に三度だったかどうか分かりません。ただ繰り返し問うたのでしょう。

 三度繰り返した問いかけのうち、二度めまではアガパオーという言葉が用いられています。このアガパオ―は、敬意における愛を示す言葉です。ガリラヤのイエシューでは「お前は俺を大事に思ってっか?」と訳しています。お前は俺を師匠として受け入れているか?ということでしょう。

 そういう問いに、そう思っているなら「師匠、大事に思っています」と答えれば良かったのに、ペトロは人間愛を示す「フィレオ―」という言葉で返事したのです。ガリラヤのイエシューでは「この俺はお前様に惚れておりあす」となっています。

 このすれ違いの末にイエスは三度目、ペトロが使ったフィレオ―という言葉を用いて「この俺に惚れ込んでのが?」と問うのです。お前はそういうふうに私を受け取っているんだな。師匠というより、友なのだろうな、まあそれならそれで良いだろう。とでも言うように、真意を汲み取っていないペトロに対して、ここでもイエスの自分を引く思いやりを示したのでした。

 ただし、その後でペトロに向けて繰り返された言葉は断固同じです。「私の羊を飼いなさい」「羊の世話をしなさい」というものでした。これは命令です。執拗に同じことを言われてペトロは「悲しくなった」と書かれていますが、本当のところ何も不満を言えた義理ではありませんでした。ガリラヤ湖に自ら姿を現し、共に食事をして、出禁を解いたばかりか、もう一度、イエスの弟子として働きにつくよう命じたイエスでした。今ふうに言うなら再雇用の契約をなしたのです。それも一方的に。

 その契約の唯一の問いかけが「私を大事に思っているか」「愛しているか」でした。条件ですらなかった。そこではペトロがしでかした過去の一切が問われませんでした。裏切ったのに許した。許して再び用いるには、あり得ない雇用条件だったと言えます。そうやってイエスがペトロに一番気づかせたかったのは「私はお前を切らない」。何があっても繋いでいるよ、繋がっているよという背後の思いだったのでしょう。

 ですから、もしタイムマシンでもあって、忘れ難いあの場面にもう一度戻れるなら。人生で最も心に深い思い出が刻まれた、あの出来事だけは忘れようにも忘れられない一枚の写真があるなら。ペトロにとって、その一枚の光景は復活のイエスとの再会の出来事であり、その後生涯に渡って、いつも彼と共にあったと思えてなりません。教会で問題が起るたびに、自分を切らず、繋いでくれたイエスの光景が繰り返し思い起こされたでしょう。

 ヨハネによる福音書21章は、後代の加筆だと紹介しました。ヨハネの弟子たちによるものです。ローマからの迫害は激しくなる一方でした。いつ止むか全く先が見えません。その暗闇の一大事に、今とは事情は違うとはいえ、教会の内部もガタガタです。信仰をもったばっかりにこの様ですか。律法を守る信仰のほうがよっぽど楽ではないですか。何を信じるのか、誰を頼るのか。何の保証に基づくのか・・・。人々に様々な混乱が生じたことは想像に難くありません。動揺が起きる時に限って、資格が問われたりもします。今すべきことを忘れ、自分だけを守りたい人たちから「何の権威によって」言動するのか、イエスが問い詰められたことがありました。時代が変わっても、それは同じです。

 あのガリラヤ湖でのイエスとの再会、そこにヨハネもおりました。ペトロに声をかけるイエスを目の当たりにしました。そのヨハネの弟子たちが、あの時、ペトロの過去を何も問わず、資格も条件もなしに用いたイエスを今この時にどうしても伝えねばならないと思ったのでしょう。それが後代の加筆の意味です。

 ローマの暴力に怯え、その一方で自分の弱さや小ささに躊躇し逡巡して、次の一歩が踏み出せずにいた多くの人たちに、過去は要らないのだ、経験は問われない。切られない。だから誰でも呼ばれ、用いられる。それを伝えたくて、ペトロの出来事が書き記されました。

神さま、今私たちが一番覚えたいイエスの思いを教えられました。臆することなく、あなたの招きに応えることができますように。