No.66

「拳をエア・タッチ!」
牧師 横山順一
 
 1930年(昭和5年)と言えば、前年にアメリカで始まった世界恐慌が日本にも押し寄せた頃だ。
 失業者があふれ、不景気の嵐は強まるばかり、巷では生活難のために窃盗や無銭飲食が多発したそうだ。
 その頃、「五円」を盗んだ失業者の被告が、裁判官に向かって述べた動機を、ある本で読んだ。
 「裁判官、私がこの窃盗の罪を犯して手に入れた五円の金を何に使ったとお思いですか。警察でも言ったとおり、その五円の金で米を買い、炭を買い、醤油を買い、二日も食わずにいる子どもたちに、食事を整えた余りの三円を、明日は追い立てるという家主に、家賃を一部支払っているのです。これが一体裁判官にどのように見えますか。私がこれだけのことをしなかったなら、住んでいる家は執行官に追い立てられ、餓死したかもしれないのでした。父としての私、一家の責任者としての私が、窃盗をした罪でたとえ八か月の懲役にやられようと、私の子どもたちに義務を尽くしたことを喜んで、刑に服しますが、私がいない後の子どもたちを餓死させないようにしてくださるんでしょうね。」
 何とも切なくて、言葉を失う。当時の五円は今なら幾らだろうか。比べるものにもよるだろうが、一万~二万円くらいか。
 決して安い金額ではない。さりとて、窃盗の理由を聞く時、懲役八か月の罪を負うには余りに些細な額だと思う。
 はるか大昔の話ではなく、今から90年前の出来事に過ぎない。それから百年も経たないでコロナ禍がもたらした経済不況は、世界恐慌以上になるやも、とも予想されている。
 そうなら大ごとだ。コロナのこともあるけど、そんな不況でオリンピックが可能なのか?などと要らぬ心配をする人もいる。今の段階ではそこまで切羽詰まってないからかもしれない。
 だが、それはやはり能天気の与太話で、既に倒産が相次いでいるし、職を失うというより奪われた人たちが続出している。
 アルバイトさえない。授業料はおろか、生活費も心もとない学生たち。まったく哀れだ。
 そこで「一律十万円」の給付金である。閉めた店にかかる家賃からしたら、「五円」程度のものかもしれない。
 貰わなくても良い人もわずかいようが、多くの庶民にとってはそれでも有難いに違いない。
 ただし、支給は決して「お上」からではない。これは国の借金によるのであり、いずれ税金として国民が負担するものだ。大げさに言えば、国民のものである。
 それなのに、例えば釜ヶ崎には住民票を行政に消されて、基本台帳に載ってない人たちがいる。つまり彼らには支給されない。
 そんな馬鹿な!
 このかた、休業要請に応じなかったパチンコ店は、犯罪を犯した訳でもないのに、悪の巣窟のように攻撃された。おいおい、だったら、カジノなんか誘致するなと言いたい。
 「わたしもあなたを罪に定めない」と語ったイエスを思う。誰かを標的にしたって始まらない。この禍いは、みんなで乗り切るしかないのだ。拳をエア・タッチ!