No.68 「或る耳鼻科で」      牧師 横山順一    
 
 何年かぶりで耳鼻咽喉科にかかった。何も不具合があったのではない。「耳そうじ」をお願いしたのだ。
どうも自分では上手にできないので、お恥ずかしい話だが、していただく他ない。神戸に来る前にも前任地の耳鼻科にお世話になったものだ。
私にとって普段はあまり関りのない科なので、事前にネットで探した医院だった。おじいさん先生と記事にあった。
当日、その老医師曰く、「あなたは自分で(そうじ)する必要はありません。自分でしなければ、一生耳鼻科にかかることはないでしょう」と。
驚いた。自分でした結果、余計に耳垢を後方へ押しやっていたのだそうだ。
半信半疑ではあるが、もう耳そうじしなくて良いんだ、二度とそれで病院行かなくて良いんだ!大喜びした。
いや、その言い草は失礼だ。熟練の医者から言われたのだ。信じる。信じる者は救われるはずだ。
 最新の設備を備えた立派なところより、少々見栄えが悪くても、相手(患者)の側に立ってモノを言う人(医師)のいる病院がいいに決まっている。
 だいたい、「来なくていい」なんて、普通医者が言うか?例え耳そうじだろうが、立派な患者(顧客)ではないか。だから、良い病院だったと二重に嬉しかった。
 もう一つ、この病院では、事前の検温が脇にはさんで結構時間のかかる体温計だった。
 ある意味面倒だ。計測は短いに限る。だが、旧式の体温計がなぜか懐かしく優しく感じられた。
最近は病院でなくても、やたら事前の検温がある。下手をすると、一日のうちに複数回検温される。
 それはコロナ感染予防対策だから仕方ないと言えば、仕方ない。その検温はどれも、ガングリップタイプの非接触型測定計だ。
 大げさからもしれないが、額に狙いをつけられ、ピッとスイッチを入れられると、撃たれたような感覚を受ける。ロックオンされ、臨終である。
 あれがピッじゃなくて、「バンッ」ていう音だったら、本当に死ぬかもしれない(笑)。
 その人に熱があるか否かは、感染かどうかの大事な目安なのは分かる。
それは分かるが、本当は熱があるかないかは、検温しなくても当人が一番分かっている気がしてならない。
 今日は何だか体がだるいなあ、もしかしたら熱があるかも。そしたら学校休めるかも。
 何ていう日に限って、検温したらまったくの平熱。致し方なく登校した日もあったし、逆に安どして仕事した日もあった。
 朝、起き上がれないほどの日は、測らなくても間違いなく熱があると分かる。
 そんな時は、言われなくても休むしかない。もちろん適当な時期に病院にも行くべし。
 明らかな発熱の中で、移動を強いられるような環境があるなら、それこそを是正しなくてはならない。
 ともあれ、私たちは当面、嫌でも撃たれ続けるのだろうな。それで打たれ強い人になれるかな。