《 本日のメッセージメモ》
腰痛で苦しんでいる時、テレビ番組で「人生下り坂最高」と語る俳優の言葉に心を軽くされた。
テキストは第二イザヤ。帰還許可後、故郷へ戻った者も現地に残った者も双方苦しかった。
とりわけバビロニアで奴隷として偶像制作に携わった民もしんどかったに違いない。彼らの様子をつぶさに見つめながら、しかしそれでも神は語る。偶像に救いはないと。
9節から20節は「嘲笑歌」とも呼ばれる。偶像制作への厳しい言葉が続くが、そこにはそうせざるを得なかった人たちへの深い同情も込められている。
現代の日本、そこに生きる私たちも同じだ。
それよりも、「わたしは初めであり、終わりである」(6節)の言葉を思いたい。命やものごとへの言及の言葉だ。
それにも増して、神を思う生活の始まりと人間の価値観で生きることの終わりの意味も込められていよう。つまり、いつでも始まりが導かれる。神は動かない岩ではなく、私たちの傍らで生きて働く方だ。
キリスト教は「まだないが、もうある」と先取りにする宗教だ。
いつも新たな始まりを導く方の風に吹かれる時、心は軽くされる。人生、下り坂最高と思えるようになる。
《 メッセージ全文》
今日は永眠者記念日です。先に召された信仰の先輩方を思い起こしつつ、私も先輩方に一つ正直に告白したいと思います。実は思いがけずひどい腰痛で2週間近く苦しみました。思いがけずというのは、何でそうなったか原因がよく分からないからです。
或る日突然痛くなって、椅子から立つことも座ることもままなりませんでした。体の向きをほんの少し変えるだけで激痛が走るのです。大げさではなく、痛くて辛くて、息も絶え絶えです。こういう時はわらをもすがりたくなります。「頼むし、何とかしてや」って、ローズに何度も言いました(ローズとは我が家のネコのことです)。
鍼灸にも行きましたし、銭湯ですけど温泉にも2度行きました。でも改善しません。よっぽど北陸富山の〇〇JV錠を買おうか迷いました。結局整形外科に行って、治りました。体の痛みを体験し、順当に年を取りながら先輩方の後を追っていることを報告致します。と言うか、今だからこそ言えるのです。説教に体ネタを使うこと自体が若い時にはあり得ないことでした。
不思議に、横になっていると痛みを感じないので、仕方なくマグロのようになっていると、元気だったらこうしたいという願望が頭に浮かびました。それは、自転車で風を切って下り坂を走りたいという映像です。
多分、腰痛になるまで、NHKの日本縦断こころ旅という番組を見ていたからでしょう。火野正平さんが、さっそうと自転車に乗って、漕がずに済む下り坂で言うのです。「人生、下り坂最高!」って。心が軽くなりますが、なかなかこの言葉、言えるようで言えません。火野正平さんだから、何のてらいもなく言える言葉かもしれません。
「上り坂があるからこそ、下り坂があるのだ」とか、「これまで頑張って来たんだから、たまにはご褒美だ」などともったいぶったことを彼は言わないのです。素敵です。実際、その日の行程が、いきなり山の上の公園からという日があるのです。もちろん、そういう時は自転車も含めて、クルマで山に登って出発する訳です。そんな日は「今日は山からスタート」と正直に火野さんは言います。そして、しんどい上り坂なしで、いきなりラクチン下り坂からのスタートになります。初めから、「人生最高」って言えるシチュエーションであるのです。
それはあくまでもテレビ番組の設定であって、実生活にはそんな甘いことはない、と言いたくなるのですが、今日のテキストを読むと、存外に「ある」ということを知らされるのです。
今日読んだ箇所はイザヤ書の中で、第二イザヤと呼ばれる分類の中の一節です。紀元前587年、南ユダ王国の首都だったエルサレムは、バビロニア帝国によって陥落し、主だった人々が捕らわれ、バビロニアへ連れて行かれました。紀元前538年、バビロニアを征服したペルシャ帝国のクロスから帰還の許可が出るまでおよそ半世紀、彼らはバビロニアで奴隷として生きることとなりました。これがバビロニア捕囚です。
ところが、喜び勇んでユダヤに戻った人たちを待っていたのは、目を覆うような故郷の荒廃でした。一方、皆がユダヤに戻った訳ではなく、バビロニアの地に留まった人々も多かったのです。むしろ大部分の人は留まったのです。
と言うのは、奴隷と言っても誰か個人の屋敷に押し込められて使われる形での奴隷であるよりも、バビロニア帝国の産業に従事させられる奴隷が多かったのです。そのため様々な職種に就かされることになりました。バビロニアは人間の数よりも偶像の方が多いとまで言われた場所で、バビロニアの宗教のため、偶像を作る職人とされた人たちが多数いたのです。
第二イザヤは、帰った者・帰れなかった者双方を励ますために立てられた預言者の総称です。今日の箇所も、残った者たちへの言葉が綴られています。特に9節から20節には「無力な偶像」という小見出しが付けられています。別名、嘲笑歌とも呼ばれる箇所です。あざけりの形を取っているので、厳しい言葉が羅列されています。バビロニアに残って、偶像を作るための鉄工や木工職人たちへの侮蔑の言葉となっています。
彼らは皆それぞれに頑張ってその職に精を出す訳ですが、残念ながら作った物は何の役にも立たないと歌われているのです。例えば木工職人は、13節・14節にあるように、その材料となる記木材が育つ段階から、手間暇をかけます。植樹し、時間をかけて成長を待ち、その中から良い木を選別し、切り倒し、それに力を尽くして像を作って神殿に捧げる訳です。大変こと細かい目が注がれていて驚きます。
しかし、残念ながらその木は15節から描かれるように、同時に暖を取るためのものでもあり、食事を作るためのものでもあるのです。同じ木材が暖まったり、食事するため、つまり人間の生活の道具として普通に使われる一方で、それから偶像を作り、神として特別に拝むものとされることの愚かさをあざ笑うのです。そもそもそれに携わる人間自身が限界を持つ弱い存在で、そこから弱さとは真逆のはずの神を作り出すことのおかしさ、無意味さをもあざ笑っています。
50年近くも異国の地につながれ、世代も交替した捕囚の民たちだったでしょう。祖国に帰る許可が下りたとして、祖国を見たこともない新たな世代の人たちも多かった、と言うより、その人たちのほうがメインになっておりました。
奴隷の身分とは言え、バビロニアに留まって、職工として働いておりさえすれば、直ちに生活に困窮することはなかったでしょう。人によれば老いた両親やその地で生まれた幼子を引き連れることにもなります。悲しいかな、この世の事情があり、戻るか戻らないかには、この世的算段が働いたとして無理もなかったのです。それらの生活を強いたもともとの原因はバビロニアにあった訳で、この嘲笑歌で語られていることをいちいちその通りだと思いながら、でも一切を彼らの責任にするには、少々切ないものがあるように思います。
さて、もう一度「日本縦断こころ旅」の話をします。10月9日の放映は、岩手県東北町が舞台でした。出発地点は田畑の中に立つ一本の大きな木がある場所。樹齢何十年かと見上げるような巨木がありました。その根元に、実に小さなみすぼらしい社というか、覆いの箱があって、中に一つ岩が入っているのです。岩というより少し大きい石です。その石に神と一文字書かれていました。
ちょっとそれは衝撃でした。きっと地元の人たちは、その石を神として長い間大事にして来たのでしょう。その思いを馬鹿にしたりするつもりは全くありません。石を神とした何らかの理由もあるのでしょう。バビロニア捕囚のユダヤ人たちを思いお越しながら、それでもやっぱりそれは、神ではなく、石に過ぎないと思って見てしまいました。
キリスト者であることは面倒臭いことです。
どんなに大きな岩であろうと、固い岩であろうと、それにまつわる言い習わしがあろうと、敢えて言うなら、その岩を作った方が神であるのだ、その神を思うことの方が大切だと思っています。テキスト8節に「わたしをおいて神があろうか、岩があろうか」とある通りです。
バビロニア捕囚の辛い生活を通し、日々を生きるためにいつしかユダヤであることを諦め、目の前のことだけを優先せざるを得なくなったユダヤの民たちを思い、神は悲痛な言葉をかけるのです。9節からの辛辣な嘲笑歌には、同時にそう選択する他なかった人々への深い同情が込められていると感じます。だからこそあれほどに人々をつぶさに見つめているのです。
しかし、それでも、どんなに同情しても、それら人間の手によって造られた神から、偶像から真に救われることはない、絶対にないのです。それはどうしても語らねばならない一言でした。だから6節で、「わたしは初めであり、終わりである」と語りました。現実の生活がどうあれ、私を忘れてはならないという思いがそこにあります。
でもこの言葉は想像外に深いのです。命やものごとを一直線上に捕らえて、その初めから終わりまでを神が守り導くという意味もそこにはあることでしょう。ですが、それだけではなく、本当の神の導きにのみ生きることが初めであり、逆に人間の都合、この世の視点で生きる生き方を辞めるという終わりの意味もそこにはあると信じます。この世的生き方の終わりを促す方が神です。つまりいつも新たな始まりを起こす力です。人間的な終わりなどないのです。神の働きは、偶像や岩のような動かない「モノ」ではなく、私たちの傍らにあって生きて動くものだからです。
容易には変えようのない、難しい状態の中を生きているとしても、心の奥底までそれに囚われて生きる必要はないのです。思い切ってこの世的しがらみを捨て去ることができれば、それに越したことはありません。しかし、具体的にそれができなくても、真実を知ることはできます。バビロニアに残り生きたユダヤの人のことだけでなく、同じように様々偶像に満ちたこの世を生きる私たちにも当てはまるのではないでしょうか。
キリスト教は先取りの宗教だと言われます。まだ実現していないものを、先に心に与えられ、それを希望と喜びに変えて生きるのです。言葉悪く言うなら、一種の自己暗示、催眠に近いかもしれません。けれど、それを言うならイエスの復活も、救い主の再臨もすべて絵空事になってしまいます。「まだないではなく、もうある」と信じることは生きる力になるのです。その意味で私たちは変わり者かもしれません。確たる根拠もなく、未だ見ないものを信じて生きているのです。それがキリスト者です。
頑張ったら、その分良い人生が待っているという幻想がこの世にあります。甘えてはならない。人生は厳しいのだ。幸せを望むならば努力以外にはないのだ。坂道をしんどくても登るのだ。将来楽したければ、今の苦労は当然だ。幻想なのに、それを人生の真実だと受けるなら、自己暗示のキリスト者以上にその生き方は紛れもなく偶像崇拝の一つだと断言します。
「わたしは初めであり、終わりである」と神さまは語りました。偶像崇拝を吹き飛ばす風です。心が軽くされます。人生の終わりなどなくて、いつも新たな始まりを導く神さまのこの風に吹かれる時、私たちは今の重荷をたとえ一瞬であれ脱ぎ去って、人生、下り坂最高と思えることでしょう。そう信じる者の一人です。
天の神さま、先に召された友の歩みを思い、神さまの風に吹かれて、私たちも軽やかに後を歩んで行きたいと思います。どうぞそのように導いて下さい。