この時代になっても「占い」はすたらない。けれど「頑張れば変えられる運命」って何だろう。
ラザロ重篤の報がもたらされたが、イエスは即座に行動されなかった。マルタはそれをなじった。気持ちは理解できる。
「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のため」との言葉がイエスの行動のカギだった。
私は「復活であり、命である」とイエスは現在形で語られた。残念ながらマルタには理解できなかった。
絵本「雪とパイナップル」を通して、最愛の人を失っても、なお人は感謝できると著者;鎌田實医師は述べている。希望はあるものではなく、つくるもの。幸せはそれを目指すプロセスの中にある、とも。
私たちは神の恵みのうちに既に置かれている事をイエスは伝えようとされたのだ。それは希望を作る業だった。
「人間が何もしなければ運命が襲いかかる」とチェスタートン。それは足下を掘ること。イエスの言葉「かけがえのない命」に気づいて、希望を作ること。
運命に抗おうとする私たち。でも実はその方法は案外に近く、楽なものだった。「運命」ではなく、それをこそ信じるものでありたい。