《 本日のメッセージメモ 》
アニメ映画「新世紀エヴァンゲリオン」の監督庵野秀明さんのドキュメンタリーから、彼の、新しいものを外から取り入れようとする情熱、父の事故を通して与えられた「欠けたるものへの愛おしさ」の思いを知らされた。
テキストは少年イエス時代の唯一の記録。成人前の12歳とは言え、過ぎ越し祭の帰路にいなかった息子イエスを、両親は懸命に捜した。
 結局、エルサレムまで戻り、神殿の境内で発見したが、その時のマリアの抑えた発言の思いはよく分かる。
ところが、まずは謝って当然のイエスは、「何故捜したか」と反論し、一言の謝罪もなかった。エルサレムに残ったのは、確信犯的行動だった。
 学者たちを正気を失うほど驚かせたやりとりを筆頭に、一連の出来事は、後のイエスの働きを彷彿とさせるものばかりだと、注解書にはある。福音書はイエスの働きの記録であり、成長記録ではないのだから、当然だろう。
 しかし、私たちがそこまで深読みする必要があるだろうか。「人の子」として生まれ育ったイエスなのだから、むしろ愉快な失敗談として受け取っても良いのでは。
 新たな年。固い信仰生活を送る決意にも増して、思い込みから解放され、はっちゃけた自由な歩みをなす一年でありたい。

《 メッセージ全文 》
 皆さん、「庵野秀明」という人を御存じでしょうか?アニメーション映画の有名な監督です。って、私も最近知ったのです。「新世紀エヴァンゲリオン」は、それこそ知らない人はいないくらいの作品です。って、私は見ていなんですが。
 けれど牧師なので、この「エヴァンゲリオン」が、もともとギリシャ語の「ユーアンゲリオン」(エウアンゲリオン)から来ていることは知っています。ユーは良い、アンゲリオンは知らせという意味で、通常「福音」と訳されます。本来は、「闘いの勝利の知らせ」という意味合いで用いられていました。ここから派生した英語のエヴェンジェリストは、伝道者という意味です。
 それはともかく、NHKのドキュメント番組で庵野秀明さんが特集されたのです。私はその再放送を見て、初めて彼のことを知らされました。私より1歳下でしたが、まあとにかくアニメの作品を作ることに命をかけている人で、一度スイッチが入ると、それ以外のことは何にも気にならないのです。だから以前は何十日でも着の身着のままでスタジオに泊まり込んでも平気なのです。周囲は「匂う」のですが。今はお連れ合いが気をつけているそうです。
 それほどに集中して考えるのは、とにかく新しい面白さを取り入れること。それは自分の中にはないので、自分の外から見つけて獲得せねばならないこと。ただ、それは分かっていても、容易には見つからない苦闘の作業で、例え締め切り数日前であっても、満足できないことはゼロからでもやり直すのが常。スタッフたちも疲れるけど、分かっているのであきらめ顔で付き合うしかないのでした。「僕にはこれしかないから」と語っていましたが、その情熱の凄さには、本当に頭が下がりました。
 また、庵野さんは、小さい頃、お父さんが仕事中に事故で左足を切断する大けがを負ったそうです。お父さんは、それから世の中を憎むようになってしまい、そういううっぷんは息子にも向けられたと言います。だからお父さんのことは苦手だったでしょう。
 でも息子としては、苦手であっても父を忘れられないところがあって、アニメを作る上で、ロボットが闘って手や足がちぎれてしまう訳ですが、そういう「欠けた」ものが好きだったと語るのでした。完全なものよりも、欠けたものが愛おしい、と。きっとそれこそがお父さんへの思いで、そういう隠れた個人的な思いが作品にもどこかしこで注がれているのでした。たまたま見た番組でしたが、なかなかに深い世界を知らされました。
 さて、2022年最初の主日礼拝、エルサレム神殿での少年イエスの箇所がテキストに与えられました。冒頭、過ぎ越し祭には「毎年エルサレムへ旅をした」(41節)とありました。ヨセフ・マリア夫妻のみならず、基本的にユダヤ人は、春の過ぎ越し祭、夏の五旬祭、秋の仮庵の祭りにはエルサレムの神殿にお参りすることが義務づけられていたのです。もっともガリラヤなど遠方から年3回もお参りすることはきついので、この当時、せめて過ぎ越し祭だけはという人も多かったそうです。
 42節には、「イエスが12歳になったときも」とあります。ユダヤの慣習では男子は13歳で成人とされましたので、少年時代最後の年の時のことになります。続く43節には「祭りの期間が終わって」とあるので、通常一週間行われるお祭りにずっといたということでしょうか、帰路についた時、両親はイエスがいないのに気付かなかったというのです。
 エルサレムへのお参りは、地方に住む者にとっては一大旅行でしたし、途上には強盗や獣が出没するところもありましたから、個別に出かけることはなく、近所でグループを作って連れ立って移動するのでした。当然、一家でまとまったりせず、子どもたちは集団の中で互いに見守っているという形であったでしょう。ヨセフ・マリア夫妻も、てっきり、どこかにイエスがいると思い込んで、確認せずに帰路についた訳でした。
 ところが、一日経ってみたら、いないのが分かったのです。次の年には成人を控えていた少年だとは言え、先ほども言いましたように、下手にはぐれると強盗や獣に襲われることも十分あり得るのです。ですから両親は、相当に慌てたと思われます。
 親類や知人の間を探し回り、そこにはいなかったので、結局探しながらエルサレムに引き返した(45節)とあります。最終的には三日の後(46節)、神殿の境内でイエスを発見したのです。一日分歩き、また一日分歩いてエルサレムへ戻り、エルサレムでも一日探してようやく見つかったということだったのでしょう。
 色々、この方の状況について想像が沸きます。イエスには兄弟姉妹がいました。マタイ(13:54~56)、マルコ(6:3)などによれば、ヤコブ・ヨセフ・シモン・ユダという弟がおりましたし、少なくとも2人の妹もおりました。長男イエスが12歳であれば、恐らくは下の子たちもみんな引き連れての神殿詣でであった可能性が高いです。ついでに言えば、ヨセフはマリアよりもかなり年上だったはずなので、ヨセフも体力的にきつかったと思われます。
 ということは、全員かどうかは分からないにしても、老いた父と子どもたちも一緒に探して回ったのではないかということです。全部徒歩による旅ですから、それは大変なことだったでしょう。イエスを見つけた時、父ヨセフではなくて、「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して探していたのです」(48節)とのマリアの言葉が記されていますが、この言葉よりもっと深刻・辛辣だったろうと想像します。もしかしたら怒鳴り散らしたいのを、懸命に抑え堪えての、マリアの精一杯の息子への言葉だったのかもしれません。
 しかも、(表現が適当ではないかもしれませんが)傑作なのは、こういう両親の思いをイエス本人が何とも思っていなかったことです。普通なら、こういう時は何をさておき、「ごめんなさい」と謝るしかない場面でした。それなのに、「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」(49節)とイエスは反論のように返答したのでした。
大体、43節に「少年イエスはエルサレムに残っておられたが」とありますが、ここの原語ヒュポメノーは、「ふみ留まる」という言葉なのです。うっかり残ったのではなく、何事かの目的があって、意図的にふみとどまった、確信犯だったのです。可愛げがないというか、謝る気などさらさらなかったと言えます。
 この箇所についてはガリラヤのイェシュー版の訳が真に迫っています。
 そこで、母ごぜの言ったことには、
「何というごどおしたもんだれ、このわらしぁは?親さにこんたな苦を掛げで!見なれ!とどさんもががさんも、何もかにもしんぺいしぃしぃ、おめぁがどおをたねまわってだんだが!」
 ところがイェシューさまは親御に口を返して、こう言ったのでござる。
「なしてそんなにたねぁしたれ?おれぁがどどさまの家にいるはずだづうごどぐれぁ、わがんながったのすか?」
 これを聞いて、マリアは開いた口が塞がらなかったと思います。もちろんヨセフも。謝罪の言葉は何一つないのです。もしここにイエスの兄弟たちがいたとしたら、「困ったお兄ちゃんだ」とみんな思ったことでしょう。私たちもマリアの気持ちがよく分かる気がします。
この時、両親には、イエスの言葉の意味が分からなかった(50節)と続いていますが、てっきり平謝りするに違いないという場面で、意味が分からないというよりは、その態度が分からなかったのではないでしょうか。「母はこれらのことをすべて心に納めていた」(51節)と後にありますが、確かにこの出来事はマリアには忘れられない出来事として刻まれたことでしょう。
 さあ、この12歳の少年イエスの出来事をどう捉えたら良いでしょうか。イエスは両親の心配などよそに、神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしていたとあります。そして聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた、と47節にあります。この驚きは並みの驚きではなく、岩波書店版訳では、「そこで彼が語るのを聞いた者は全員、その洞察とそのもろもろの答えとに正気を失うほど驚いていた」とあるのです。それほど大きな衝撃だったのです。
 ですから、今日の箇所は、どの注解書を読んでも、成人を迎える前から将来の片りんを見せる箇所であり、後の姿を彷彿とさせるものばかり。もともと神殿に残ったことも、母親への返答にしても、すべては神の子イエスのしるしの記述だと書かれています。一切が将来の姿を垣間見せている出来事だと。
 それはそうかもしれません。神殿が自分の父の家とは、言うまでもなく神の家ということです。このイエスの返答には確かに驚かされます。そもそも、福音書は、イエスの働きの記録であり、成長記録ではないのです。子ども時代の記述は、ここ以外にありません。
 しかし、今日私たちは、何もかもを将来の下地としてこの箇所を読む必要はないと思うのです。イエスの返答を理解できなかったマリアを、教派によっては「あれはマリアではなく、ヨセフのことだった」と読むところもあるのですけど、そこまで無理をしなくて良いと思います。
 イエスは「人の子」として生まれ、人の子として育ったのです。マリアは、神の子の母として、ずっと意識して神の子イエスを育てたのでしょうか。神の子は、おのずと賢くて、何ら問題なく育ったのでしょうか。ナザレに帰ったイエスは、両親に仕えてお暮しになった(51節)と続けられているのは、そういう意味なのでしょうか。
 福音書にはこのたった一か所しかない記述ではありますが、この時イエスは確かに両親に大心配と迷惑をかけたのです。それなのに謝りもしませんでした。私はむしろ、はっちゃけで面白いと思うのです。イエスにとっても、この時の思い出がきっと何かしら背景の力になって行ったに違いありません。
 2022年が始まりました。新しい一年間、私たちも、ただ固い信仰生活を生真面目に守るぞと言う決意よりも増して、狭い思い込みから解放され、自由に歩む信仰生活でありたい、はっちゃけスタイル一年間でありたいと願います。

天の神さま、この一年の歩みが軽やかでおおらかであれるよう、お導き下さい。