No.89
「進化周到」
牧師 横山順一
BSプレミアムで、星新一の作品を実写化した短編ドラマ(全二十回)が放映されている。毎週火曜夜、八月までの予定だ。
その初回は、不朽の名作と言われる「ボッコちゃん」だった。新聞の紹介欄で読んで、忘れていた記憶が蘇った。
中学生の頃、星新一ファンだったのだ。それもかなりの。当時出ていた本のほとんど(十数冊)を持っていたと思う。
「ショート・ショート」と題されるように、一編が短くて読みやすかった。無論、SFの魅力もあった。単に便利な未来ではない展開が好きだった。
友人が「読みたい」というので、そっくり貸した。その間に、その友人が急病で亡くなった。
葬儀に出席したら、遺族が棺に貸していた本を入れるのを目撃した。無論、それは僕のです、とはとても言えなかった。
彼の急死以上に、愛蔵書が突然奪われる理不尽を味わった(心が狭くてごめんなさい)。
それで、急速にファン意識が薄れてしまった。もう考えたくなくて、忘れたくて「終わった」と言える。
今般、「実写」ということで、小説にはない生々しさを感じた。ネタをバラして申し訳ないのだが、「ボッコちゃん」とは、或るバーのマスターが店用に作った美人ロボットなのだ。
肌ざわりまで人間そっくりにできている。ただし、おつむは空っぽで、オウム返しでしか会話できない。
例えば「年は?」と聞いても、「まだ若いのよ」。「だから、いくつ?」「まだ若いのよ」という具合だ。
そのツンデレさ加減で、かえって店の人気者となる。なにしろロボットだから、お酒も強い。
しかし実は、彼女の飲んだお酒は、足もとの管から回収されて、再び客に出される仕組みだ。
そこまではマスターの目論見通りだった。が、本気でボッコちゃんに恋した男性が計画を狂わせてしまう。
幾ら口説いても、まったくなびかない会話は、「殺してやろうか」「殺してちょうだい」となる。ボッコちゃんに絶望した彼は、ついに彼女のグラスにこっそりクスリを混ぜて店を立つ。
マスターは何も知らず、「今日はおごりだ」と言って、自分も飲み、客に酒を出すのだった。当然、その先は・・。
ゾッとするオチだ。すっかり忘れていたストーリーに驚いた。だけど、驚いたのは、中学生の頃の自分に、だ。
今ならバーも知っているし、ツンデレも分かるし、そんなロボットを作ったマスターやひっかかった男性のアホさ加減も理解できる。
三十二才だった著者の作品の凄さを改めて感じる。一方で、中学生の自分を思い起こせない。
あれから、壁掛けもできる大画面のテレビは、SFではなく普通になった。車のナビだって、もはや当たり前である。
小さなことはとびきり便利になったけど、肝心なことはまだまだ届かない。ボッコちゃんと同じだ。
ロボットだけの話に留まらない。それでも少しずつは変わって行くだろう。問題は、一番進化しなければならない「人間」にある。ロシアの侵攻に、それを痛感。何とか信仰において、進化せねば。