《 本日のメッセージメモ 》
 ふと江戸時代の街道を想像する。二本差しの武士に丸腰の町民は、それだけで恐れを抱いたろう。両者に対等な関係などなかった。
 コリント書Ⅱは、幾つかの手紙の集合体、テキストはその一つから。パウロを否定する者が現れ、コリント教会でパウロからの離反が起きた。すぐにも行きたかったが、パウロは懸命に、丁寧に信徒の務めを書き送った。
 当時、その切なる手紙でさえ必ず届くものではなかった。届くとしてもタイムラグがあり、書いた内容と現在の「ズレ」も起こった。それらを承知の上で、しかし手紙を書く以外に方法がなかった時代状況を思う。
 詳細な事情は分からないが、1世紀半ばの手紙の文言は、今にも通用するもの。それを受け取りながらも、「左右の手に義の武器を持ち」(7節)という表現にはひっかかる。
 武士ならぬローマの兵士たちの武装も、それが実際仕様される光景も見たに違いないパウロ。それでも「武器」という表現をせざるを得なかった。 
 想田和弘さんの「人殺しに拍手する善人」の文章に、目を覚ませられる。やっぱり武器は武器なのだ。
「武器」という言葉さえなくなる真の平和は、いつ訪れるのか。それでも神の平和を信じる私たちは、その日に向かって諦めず、それぞれ信仰生活を送りたい。

《 メッセージ全文 》
 毎朝散歩していて、しょっちゅう或る男性とすれ違います。私より、ちょっと上の年齢だと思われます。この方、途中どこかでスイングの練習をしているのでしょう。ゴルフのクラブを持っているのです。
 持っているというより、それを片手でクルクル回しながら歩いて来るのです。それだけで身構えてしまいます。もちろん彼は何も悪気など感じてはいません。穏やかそうに見えます。でも、私にとってはクラブは凶器なのです。彼を目にすると、どうしても道の反対側を通ってしまいます。
 それで余計な想像をしてしまうのですが、江戸時代だったらきっと彼は武士で、私は町民です。時代劇で、よく街道を行き交う人たちのシーンを目にするのですが、そこには結構様々な種類の人たちが歩いています。でも当時人口の85%を占めていた農民は、滅多なことで自宅を離れて旅などしたりしません。できません。
 一方、武士は人口の7%、町民は5%だったとされています。だから普段、街道を行き交うのは、圧倒的に武士や町民だったと思われます。そういう時、腰に2本刀を差している武士は、何も持っていない丸腰の町民からしたら、それだけで危ない存在だったでしょう。しかも万一無礼があったら、切り捨て御免が公に認められていた訳ですから、町民や農民にとって武士は、存在そのものが凶器と言っておかしくなかった。少なくとも、対等な立場であるはずはなかったと思うのです。暴れん坊将軍のような人はいないのです。
 刀でも危険ですが、銃だったら更に怖いです。今年アメリカでは、例年にも増して銃の乱射事件が続出しています。コロナ禍での精神的な軋轢もあるかも等と言われていますが、そもそも銃がどこでもあること、誰でも相当容易く入手できる環境にあります。憲法で、銃を所持する権利が保障されているのですから、基本的に事情が違います。
 ただ乱射事件でよく聞くのは、「誰でも良かった」という犯人の声です。これは銃ではなく、刃物の場合でも同じです。ですから日本でも聞くことです。「誰でも良かった」。でもそれは嘘です。ほとんどの場合は、「誰でも」とは、「自分より弱そうな誰でも」という意味です。武器があることが、そうした犯行を助長させていると言えます。

 さて、今日はコリントの信徒への手紙Ⅱからテキストが与えられました。この手紙Ⅱは、Ⅰと違って、違う場所で書かれた幾つかの手紙と集合体と考えられています。違う場所で書かれたとは、書かれた時も違う訳です。ですから全体を通してつながりが悪かったり、矛盾するような箇所があります。
 今日の箇所に関して言えば、2章の14節から7章4節までのひとまとまりの中の一部分です。仮に手紙Aとします。コリントの教会は、パウロが第2回めの伝道旅行の際に、1年半ほど滞在して立ち上げた教会です。商業上の要地であり、種々の文化が入り込み、繁栄と同時に心の荒廃もあった町でした。彼が離れてから、教会に様々な問題が起こりました。それらの諸問題に関して書いたのが第Ⅰの手紙でした。第3回伝道旅行の途上で、エフェソから書いた手紙でした。
 パウロはできるだけ早くコリントを訪れたかったのですが、なかなかその希望通りには行きませんでした。心配が続く中で、教会にパウロに対する反対者が現れ、教会員の心がパウロから離れて行く新たな事態が起こりました。その情報を聞いていても立ってもおれず、やはりエフェソの地から書いたのが、今日の手紙Aのひとまとまりです。
今日読まなかった続きの11節12節で、「私たちは広い心であなたがたを受け入れているが、あなたがたはそうではない。子どもたちに語るように言うが、あなたがたも心を広くして下さい」と呼びかけています。
この文言に込められているように、パウロは懸命に、丁寧に、心が離れかけている教会員に向かって、教会員としての務めについて手紙を書いたのでした。

 ここでちょっと内容からはずれる想像をします。一人パウロに限ったことではないのですが、当時手紙を書くということへ注ぐエネルギーの大きさについてです。この手紙は、誰かに託された訳です。当然のことですが、郵便のシステムなどないのです。誰か知り合いにでも託すしかありません。
 どんなに懸命に書いたとしても、それが確実に届く保証はありません。手紙を預かった人がどこかで倒れてしまうことだってあり得るのです。手紙そのものが破損する可能性もあります。それに届くとしても、膨大な時間がかかります。届いた時には書いた中身と違う状況が起こって、書いたことの意味がなくなってしまう場合も起きるのです。  そういう時間や出来事のズレは当たり前のことで、手紙を出したことを後悔することにも時に起こる訳です。
 今のようにメールやらSNSやらで瞬時に意向を知らせられる時代ではないのです。飛行機や列車に乗って直接さっと立ち寄ることもできないのです。色んなズレが起こり得ることは承知の上で、それでも必死の思いを伝えるには手紙しかなかった、そういう時代環境を知っておきたいと思います。
 紀元1世紀の半ば頃、この手紙が書かれるに至った具体的な事情がありました。1番は先ほども言った教会員の離反です。が残念ながらすべては明らかではありません。でも不思議なことに、この時の事情に対して書いた手紙の文言の数々が、2000年を経た現代にもなお通じる普遍的内容を持っているのです。
例えば、「神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません」(1節)、「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」(2節)という6章冒頭の呼びかけは、今でも全く意味がある言葉です。そして、それに続くキリスト者としてのあり様は、いわゆるこの世的価値観を逆転する生き方の紹介です。ユダヤ主義者だったパウロがイエスから学んだ、現代的に言えばキリスト教の在り方の目標そのものに思われます。
 ですから、当時の社会の諸事情も合わせて、今日のテキストの文言に特に異論を持たないのです。基本的にパウロの思いに賛同します。ただ一点だけ、7節に登場する「左右の手に義の武器を持ち」という表現が気にかかります。「あらゆる場合に神に仕える者としてその実を示しています」(4節)として、そのあらゆる具体的な場合が書かれた後に、それは偽りのない愛、真理の言葉、神の力によってそうしていると書かれています。その後で、どんな時も左右の手に義の武器を持ってそうしているのだと言うのです。
パウロたちがエルサレムにいた時も、伝道旅行の途上でも、また訪れた町でも、どこでも出会ったであろう人の一人は、武士ならぬローマの兵士だったと推測します。丸腰のパウロたちと違って、彼らは武器を携行していたはずです。しかも、形だけでなく、その武器が使用される光景さえ、きっと幾度となく見たに違いないのです。武器はまさしく武器でした。
 1章の8節からの一段落には、(これはまた別の手紙ですが)、「アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知って欲しい」(8節)と書かれています。耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました。わたしたちとしては死の宣告を受けた思いでした。(8~9節)と続いています。
 一体、それほどの何があったのか、定かではありません。相当な迫害があったものと想像します。そしてそこにはきっと武器の使用が伴っていたでしょう。兵士たちの行状のみならず、武器が使われる生々しい実態を、パウロたちは経験したのです。
 だからこそ、人間の命や尊厳を奪う、暴力としての武器ではなく、「義の武器」を左右の手に持って、と表現したのです。その切なる思いをそのまま受け入れたいと思いながら、武器の使用の惨状を目にしても、なお「武器」という言葉を用いざるを得ない悲しみを抱きます。

 映画監督の想田和弘さんが、ある雑誌に「人殺しに拍手する善人」という文章を書いておられました。4月の半ば、ロシア海軍の黒海艦隊の旗艦モスクワが、ウクライナ軍によって撃沈されました。それに「おでとうございます」と拍手しながら祝福した一人の作家T氏がいて、SNSで発信したのです。このことに想田さんが文章を書きました。
 途中からですが紹介します。「しかし同時に気づいてほしいのは、T氏の反応は、戦争に感情移入する人間としては特別邪悪なわけではないということである。むしろそれは、戦争の本質をそのまま露呈させた反応だ。
 戦争になれば、相手の兵士をたくさん殺すことは、勝利であり善になる。たとえ殺される兵士が、独裁者に戦地へ無理やり送られた民衆であっても、だ。その兵士に、愛する妻や夫や子や親があっても、だ。
 自衛のためであっても、戦争に同意署名し参加するということは、多かれ少なかれ、自らもT氏のようなマインドセットになるということである。相手の兵士を殺すことに、拍手喝さいするということである。
 2001年、米国が9・11後にアフガニスタンへの報復攻撃を始めた時(あれも自衛が口実だった)、ニューヨークのスポーツバーで恐ろしい光景を目にした。人々がビールを飲みながら「敵国」にミサイルが撃ち込まれる様子をテレビで「観戦」していたのである。そしてミサイルが何かに命中するたびに、彼らはガッツポーズで奇声をあげていた。あたかもサッカーか何かの試合で味方がゴールを決めた時のように。
 もちろん彼らに悪気はないし、たぶん普段は他人の幸せを願う「善人」なのだと思う。しかしひとたび戦争の当事者になれば、人殺しを切望する「鬼」になってしまう。自分が鬼になっていることを、自覚さえすることなく!
 それが戦争なのである。だからこそ、たとえ自衛のためであっても、僕は戦争に同意署名しない。参加もしない。」
 こういう文章です。私は読んで打ちのめされました。何故なら、戦艦モスクワの撃沈の際、私も「ウクライナ、よくやったな」とちょっとだけ思ったからです。確かに何の悪気もなく、そこに生まれた死者のことも、その家族のことも何も考えませんでした。
 戦争に反対していても、うっかり陥る落とし穴があります。パウロは懸命に「義の武器を持って」と訴えました。その思いを否定しません。ですが、どう表現しようと武器は武器なのです。武器でない武器はないのです。それは神さまが望まれる真の平和において、最も必要とされないものに違いありません。
 
 今日「武器よ、さらば」と題しました。そんな日が実際来るのかと思わないでもありません。でも神の平和を信じて歩む私たちです。いつになるか分かりませんが、いつか「武器」という単語すら存在しない、本当の平和が訪れて欲しいと心から願います。その日を夢見て、信仰生活を送りたいと思います。

天の神さま、どうかすべての武器がなくなる真の平和が訪れますように。それがはるか彼方の日であっても、信じ期待して、それぞれの信仰生活を全うできますように。