同上映会は、多くの方々にご来場いただき、感謝のうちに終えられました。
ご後援・お力添えいただきました地域の団体の皆様、ご来場下さった皆様、ありがとうございました。

皆様からいただきました参加費・カンパから、収益がありましたので、権利擁護の問題に取り組む、以下の団体に寄付をさせていただきました。

(寄付)釜ヶ崎医療連絡会議、自立生活センター リングリング、生活支援研究会、
    精神保健福祉 ひょうご連絡協議会、セーブイミグランツ大阪
(献金)東神戸教会

ご参加下さった方々から届けられたご感想は、このページの最後にご紹介しています。
改めてこの映画を振り返り、深い感動を共にしていただければと願います。

■映画 『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』 上映会のお知らせ

10/15(土) 14:00~16:30 神戸市立東灘区文化センター大ホール(うはらホール)にて、映画『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』の上映会を開催します。
沖縄在住のジャーナリスト、原義和監督よる、沖縄の精神障害者がおかれていた「私宅監置」と いう問題をテーマとした、ドキュメンタリー作品です。

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知られざる沖縄の犠牲 『一部の犠牲はやむを得ない』…これは日本国家の根幹にあり続けている考え方です。 戦後、 サンフランシスコ条約によって沖縄を日本から切り離したことは、その象徴と言えるかもしれま せん。その後の米軍基地の沖縄への集中も同じです。その考えは地域社会においても、日本の 隅々まで貫かれてきました。 私宅監置。1900年制定の法律に基づき精神障害者を小屋などに隔離した、かつての国家制 度です。精神障害者を犠牲にし、地域社会の安寧を保とうとしてきたのが日本です。1950年に 日本本土では禁止になったこの制度は、沖縄ではその後1972年まで残りました。やむを得な い犠牲として沖縄を見限った、日本国家の考えそのものと言えます。 隔離の犠牲者は人生を奪われ、尊厳を深く傷つけられましたが、公的な調査や検証は行われて いません。傷つけられた魂は天に昇ることができず、今もこの世を彷徨っていると思います。家族 の恥、地域の恥、ひいては日本の恥として闇に葬られてきた歴史です。本当に恥ずべきは、隠し続 けることではないでしょうか。 この映画は、小さくされ、犠牲を強いられたごく一部の人びとのことを、あえて見つめる映画 です。犠牲になってもやむを得ない命は無いからです。闇の歴史と向き合うことで、初めて開くこ とのできる光の地平があると信じます。

『 夜明け前のうた 消された沖縄の障害者 』公式サイト https://yoake-uta.com より

★この映画は UDCast対応です(スマホやタブレットで解説音声や解説字幕を利用することができます)。
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■日時:2022年10月15日(土) 14:00~(13:30開場) 16:30終演 本編+トークセッションビデオ上映
場所:神戸市立東灘区文化センター(うはらホール)大ホール
入場料:1,000円(18歳未満無料)
■主催:『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』神戸上映会実行委員会・日本基督教団東神戸教会

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■後援:兵庫県精神医療人権センター、精神医療サバイバーズフロント関西、恣意的拘禁を考える会、リメンバー 7.26 神戸アクション、公益財団法人神戸YWCA、部落解放同盟兵庫県連合会、自立生活センターリングリング、公益社団法人兵庫県精神福祉家族会連合会、社会福祉法人 かがやき神戸、公益財団法人 神戸学生青年センター、障害者問題を考える兵庫県連絡会議、(社)神戸国際支縁機構、神戸国際キリスト教会、日本基督教団西宮門戸教会、脳性まひ者の生活と健康を考える会、きょうされん兵庫支部、神戸市精神障害者社会復帰施設連盟

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また今回は、本編上映後、原義和監督・吉田明彦氏(精神医療サバイバーズフロント関西 主 宰)・平良愛香氏(牧師、ウチナンチュ)による、トークセッションビデオを上映いたします。 ウチナンチュ・精神障害者「自己決定権を奪われた人たち」がおかれてきた歴史を振り返ると共 に、今も続く人権と差別の問題についてお話しいただきます。

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【トークセッション出演者プロフィール】

原 義和(はら よしかず)監督 (ジャーナリスト/映画監督)

1969年愛知県名古屋市生まれ。2005年より沖縄を生活拠点にドキュメンタリー番組の企画制作を行う。東日本大震災の後は福島にも通って取材し、Eテレ「福島をずっと見ているTV」などにディレクターとして参加。
主な制作番組は「戦場のうた~元“慰安婦”の胸痛む現実と歴史」(2013年琉球放送/2014年日本民間放送連盟賞テレビ報道番組最優秀賞)、「インドネシアの戦時性暴力」(2015 年7月TBS報道特集・第53回ギャラクシー賞奨励賞)、「Born Again~画家 正子・R・サマーズの人生」(2016年琉球放送/第54回ギャラクシー賞優秀賞)、「消された精神障害者」(2018年Eテレ ハートネットTV/貧困ジャーナリズム賞2018)など。
著書に「消された精神障害者」(高文研)、編書に「画家 正子・R・サマーズの生涯」(高文研)。

吉田 明彦(よしだ あきひこ)氏 (精神医療サバイバーズフロント関西 主宰)

1961年、北海道函館市生まれ。国際協力NGO・国内NPO職員を歴任。1998年、双極性障害発症。自立生活センターのピアカウンセリングを経て障害当事者として活動開始。2022年2月まで兵庫県精神医療人権センター共同代表代行。現在、精神医療サバイバーズフロント関西主宰。リメンバー 7.26 神戸アクション呼びかけ人。

平良 愛香(たいら あいか)氏 (牧師)

1968年沖縄生まれ。農村伝道神学校を卒業後、日本で初めて、同性愛者であることをカミングアウトした上で牧師となる。桜美林大学・立教大学にて長年非常勤講師を務め、現在、日本基督教団川和教会牧師(神奈川県横浜市)、農村伝道神学校校長、平和を実現するキリスト者ネット事務局代表ほか。
近著(監修)は「LGBTとキリスト教 20人のストーリー」(2022年日本基督教団出版局)。

   原義和氏

吉田明彦氏

平良愛香氏

☆☆☆いただいたご感想☆☆☆
●一木千鶴子さん
皆さんお疲れでしょう。本当にありがとうございました。またご苦労さまでした。

とても重い映画でした。それは一人の命、存在の重さなのでしょう。
藤さんが、あんなに長く閉じ込められていたにもかかわらず、晩年は病院でにこにこしておられたことを思い出すという話が心に残っています。その笑顔は、憎しみや恨みに満ちた表情よりも一層、鋭く、深く、悲しく、私の心に訴えてきます。その訴え、問いを忘れまいと思います。
また、金太郎さんのお孫さんの涙も心に刻まれました。
金太郎さんがいたから、お孫さんがいて、いろいろなことで心を動かし、考え、行動していること、金太郎さんで終わりではなかったんだということに、感動します。
そして金太郎さんを想い、涙を流すお孫さんがいてくれて、お孫さんにありがとうと言いたくなりました。
他にも閉じ込められた方々の目、空間、その痕跡など、すべての映像が私に問いかけてくるものでした。そして、そこにいたお一人お一人に思いを馳せました。
でも、その方々の声、その問いは、現実の中でこそ、私の日常の中でこそ聞かねばならない問いであると思います。
「私宅監置」という言葉を、私はどこかで聞いたことがあったかもしれませんが、この言葉と向き合ったのは初めてでした。知ろうとしてこなかったことを申し訳なく思うと共に、こうして向き合わせてくださったことを感謝します。
映画のあとのセッションは、とても分かりやすく、現在の問題として理解させていただきました。
吉田さんに出会わせていただいたことも感謝です。この映画に出会わせていただいたものとして、何を語り、どう生きるのか、私なりにこれから考え続け、一人の人を大事にする生き方を求めていきたいと思います。

私事ですが、今日私は八尾教会で「十字架の言葉は神の力」という題で説教させていただきました。まさに私はあの映像の中に、十字架のキリストを見たのだと思います。
神は人間の知恵や力ではなく、十字架のキリストによって私たちに語られています。
神は今も、自由を奪われ、抑圧され、踏みつけられ、命脅かされている人々の姿で、私たちに「それでいいのか」と問われているのでしょう。
それはただ問いかけだけではなく、「あなたが大事だ」「あなたは死んでよいだろうか」「愛し合って生きよ」「大事にし合って生きよ」「生きよ、命の道に生きよ」という呼びかけだろうと思います。昨日の映画も、きっと私たちにそう呼びかけているのだと思います。

どんな時も、いい時も悪いときも、神さまを信頼し、心配しすぎず、祈りつつ歩ませていただきましょうね。
皆さんのお疲れを、主が癒してくださるよう、主の守りを心から祈っています。

●今井忍さん
東神戸教会の皆さんお疲れ様でした。
こんな難しい映画をよくぞ公開にこぎ着けられたこと…と、感服します。
制作中に原監督のお母さんが自死されたこと、パンフで知りました。
人間の弱さと、神をも畏れない権力者の傲慢さ…
正しいとか間違ってるとか、良いとか悪いとか関係なく、少数意見が排除される世の中に生きていることを、改めて知らされました。
ちょうど読み始めた、斉加尚代さんの本の中に歴史学者の衝撃的な文がありました。
歴史から学ぶことはないという学者が、育鵬社の教科書を作っているのだそうです。
歴史から学ぶことはない…これは大きな間違いだとわたしは思っています。

●高橋秀典さん
夜明け前のうた と言う映画を観ました。
https://yoake-uta.com/
「私宅監置」された精神障がい者の生きた足跡を関係者の証言をもとに可能な限り明らかにした映画です。

日本では、1900年から1950年まで(沖縄では1972年まで)
国の許可のもとに精神障がい者や知的・身体障がい者を私的に
隔離、幽閉することが法的に認められていました。

私が日ごろお世話になっている神戸マスクワイアの拠点、日本基督教団東神戸教会の方々が主催。200名以上の方が鑑賞していただいたのはすばらしいことでした。

映画の中で、私宅監置された金太郎さんの孫にあたる神戸の女性が言った言葉。
「一番しんどい思いをした人の生きた証左を残したい。」
証言をしたことで周りの方から責められた高齢者施設の施設長に対して語られた言葉です。

それは、この映画を製作した原監督の確信でもあります。

「私宅監置を行った家族にも、そして現在精神病院に家族を強制入院させている人にも加害者性はある」
上映後のトークセッションで語っていた双極性障害者の吉田明彦さんの言葉です。

西アフリカで監置されていた女性が、監置されていた時の気持ちを聞かれて語った言葉
「自分が存在していないようでした」
「自分は死んでいたようでした」
「今、このように人生を送れていることが信じられない」

映画は、私宅監置の理由を一人一人、関係者から訪ねて(尋ねて)いきます。
「世間体」
「女こどもを襲う事件が起きてからでは遅い」
「母は3日に一度食事をくれたが父は私を餓死させようとしていた」・・・・ 

結局、人々の心の中にある「闇」が、精神病者や障がい者を私宅監置に追い込んだ。

ナレーションは語ります
「結局彼ら精神病者は、周りの人々の闇を引き受けてくれていたのではないか」

一方で日本には現在、強制的に精神病院に入院させられている人が13万人もいます。
中には犯罪を起こして医療観察法で入院している人もいますが、大多数は、周りの人々の闇を引き受けてしまったのではないのか?と映画は投げかけているのです。

その言葉は、神出病院事件を招いてしまった神戸市民としても重い言葉です。

上映後のトークセッションの中で語られていた言葉
「自分は差別しているかもしれないと思うところからすべては始まる」
「多数派を守るために少数派に犠牲を強いる 
  その構造の中で自分の身をどこに置くのかが問われている」

SNS上でヘイトスピーチを平然とまき散らす人はいっぱいいます。公職者の中にも。
そういった開き直りを問題にすることから、すべては始まるのかもしれません。

●小橋かおるさん
「私宅監置を行った家族にも、そして現在精神病院に家族を強制入院させている人にも加害者性はある」のは、やはりこの国が個人の人権より、国家の都合にあう人間がどうかで、人を選別するという、人権の概念などない封建時代からの変わらない体質のせいではないかなぁと思いました。

●瀬戸口美和子さん
昨日は、お誘いくださり、ありがとうございました。行って良かったと、心から思いました。
映画もさることながら、トークセッションも、心に刺さりました。
日本の社会が、多数の論理で何の罪も無い弱い立場の人達の人権をどれほど踏みにじっているかを思い知らされました。
微力ですが、誰もが安心して暮らせる優しい社会になるよう意識して、目をつぶることなく過ごしていきたいと思っています。
本当にありがとうございました。

●T.K.さん
盛会で何よりでしたね、お疲れ様です。
精神障がいを描いた映画は日本ではなかなかないですね。
私の知る限りでは、惣田和弘の「精神」2部作くらいかしら?
特に沖縄について言及したのはよかったとは思います。
彼女、彼らおかれた状況はハンセン病と酷似してますね。
骨になってなお故郷に帰ることが許されない人々。
他の病と違って、家族からさえ差別され忌避されてきた。
1996年に隔離政策が廃止されるまで、強制隔離されてきました。
法律はなくなっても、人々の心の壁はなくなりません。
ただ、後の3人のトークビデオがなかったら、
沖縄に精神病院があればよかったのかというふうにも受け取れました。
また、アフリカのシーンは違和感がありました。
「アフリカのほうが日本よりまし」と言っているようで。
なんだか見下しているように思いました。
イタリアは1970年に「バサリア法」というのができ、精神病院をすべてなくしました。
収容されていた患者は、地域で生活するようになりました。
ワーカーズコープで雇用を生み出して。自立した生活を送れるようになりました。
こうした先進事例を、たとえ直接取材はできなくても、紹介してほしかったです。

それと、ドキュメンタリーで音楽を入れて、見る側の感情移入をかきたてるというのはあまり好きではありません。
これはあくまで私の好みですが。
いろいろ辛口言ってごめんなさい。
何しろ映画オタクなので。

●中村典子さん
被爆者に対しても、国家補償がなされていません。
戦争時には、国民は受忍するのが、当たり前という国の基本方針があります。
戦争をした責任をとる、国による国家補償がなされることは、戦争をしない国になることに繋がります。
被爆者は、戦争を出来ない国、人の命を大切にする国になるよう、国家補償としての援護法を求めて行きたい、と思っています。
同じ問題を違う方向から見ているのですね。

●K.M.さん
この度は、お誘いありがとうございました。
思うところは、色々ありました。
トークセッションビデオによって、映画の内容がより具体化され、頭と心に深く入ったように思います。
現在、刑務所に収監されている人数よりも多くの方々が、精神病棟に入院隔離されていることにも驚きました。
また、何もできない、変えられないと、流してしまっていることを問いかけは、強く心に刺さりました。

映画の終盤、私宅監置されていた方々がお名前で呼び掛けられるのを聴きながら、
家族から、知人から、どれだけ優しく慈愛深く名前を呼ばれたことがあったのだろうかと考えてしまい、
そう思うととても切なくなりました。

思ったことの少ししか、それもうまく伝えることができませんが、お送りしますね。
本当にありがとう!