《 本日のメッセージメモ 》
ロシアがウクライナを侵略してから、軍備を増強すべきだという意見があり悩む。
マタイ福音書5:38-42の新共同訳や聖書協会共同訳は、無抵抗を勧めているようにも読めるが、岩波書店訳や田川建三訳の聖書ではニュアンスが異なる。田川訳では「悪人に逆らうな、汝の右の頬を打つ者に対しては、もう一つの頬を向けてやれ。また汝に対し訴訟をおこして、下着を取り上げようとする者には、上着をもゆだねてやれ。汝を徴用して千歩行かせようとする者がいれば、その者とともに二千歩行ってやれ。」と非暴力の抵抗を命じているように読める。圧倒的な力をもつ者から不条理な行為や命令を受ければ、許しを乞うか逃げるのが普通だろう。殴り返せばその瞬間に殺される。しかし聖書は、許しも乞わず逃げもせず、暴力でやり返すわけでもなく、相手の言うままにならず、自分の方からその2倍やってやれと言う。
インドのガンディーは、非暴力・不服従の抵抗運動を行なって、イギリスから独立した。ガンディーの行動を研究したジーン・シャープも、権力を支えている民衆が、非暴力での不服従・非協力を一貫して行えば、支える民衆を失った権力は弱体化し崩れ去ると言う。そして198通りの抵抗法を提案した。そうは言っても非暴力の抵抗には勇気がいる。しかしアフガンの中村哲医師も、現地の人々が望むことをいっしょに実現することが一番の安全保障と考え、武器を持たなかった。現代の日本でも、日頃から、自然と人,人と人をつなぐ自主的な市民の共同体がつくられ、非暴力の抵抗につながる基盤ができていれば、戦争を防ぐ大きな力になると思う。
《 本日のメッセージ全文 》
【戦争の時代】
8月15日は77年前日本が戦争に敗れた日でした.以前「この日だけ戦争のことを考えて,他の日は戦争のことを忘れているのはおかしい」と言われた時代もありました.今は1年中戦争のことを考える時代になっています.特にロシアがウクライナを侵略してからは,日本が侵略されたらどうしたらいいかという声を多く聞くようになりました.
侵略に備えて軍備を増強すべきだと言う意見があります.これを言う人には大きく2種類あると思います.1つはごく少数ですが,軍備を増強すれば自分や自分の仲間がもうかるような人たちです.2つ目は私も同じ気持ちですが,もし攻められて自分の家族や知人が傷つき殺されたら耐えられないと思う多くの人たちです.そしてそれを防ぐには軍備を増強するしかないと考える人たちがいます.この人たちはもし侵略があれば,家族や知人を守るために戦って,多くの人が傷つき死んでいくのでしょう.
【右の頬を打たれたら】
今日新共同訳で読んでもらった聖書の箇所は,何をされても抵抗をしない無抵抗主義のようにも読めます.これは新しい聖書協会共同訳でも同じです.しかし,岩波書店訳や田川建三訳ではニュアンスが異なります.田川訳では「悪人に逆らうな.汝の右の頬を打つ者に対しては,もう一つの頬を向けてやれ.また汝に対し訴訟をおこして,下着を取り上げようとする者には,上着をもゆだねてやれ.汝を徴用して千歩行かせようとする者がいれば,その者とともに二千歩行ってやれ.」と非暴力の抵抗を命じているように読めるからです.
ふつう圧倒的に強い力をもっている者から不条理な行為や命令を受ければ,身をかがめて許して欲しいと懇願するか,逃げられるものなら急いで逃げるのではないでしょうか?もし圧倒的に強い相手を殴り返せば,その瞬間に殺されてしまうことでしょう.しかし,聖書は,許しを請うこともせず,逃げることもせず,かといって暴力でやり返すのでもなく,相手の言うままにはならず,逆に自分の方から2倍やってやれと言っているようです.
【ガンディーの非暴力,不服従】
私は聖書のこの個所をあらためて読んで,インドのガンディーがイギリスから独立するためにおこなった非暴力・不服従の抵抗運動のことを思い出しました.そしてダグラス・ラミスの「ガンジーの危険な平和憲法案」という本を読みました.ガンディーは,イギリスがインドを支配できるのは,インド人がイギリスに積極的に協力している時だけだと考えました.もしインド人がイギリスへの協力を拒否するなら,協力者を失ったイギリスはインドを支配きなくなるからです.そこでガンディーは,イギリスが作った政府の官僚、警官、兵士にはならない、そのような政府の法律は守らない,イギリスの学校では勉強しない、イギリスがつくった工場では働かない、イギリスの商品,特に綿製品は買わないことを呼びかけました.そしてガンディーは自らの手で糸車をまわしてインド古来の綿織物を紡ぎました.
もちろんイギリスはそのような行動を暴力を使ってでもやめさせようとします.しかしイギリスが暴力を正当化できるのは、インド人が暴力を使っている時だけです.インド人が暴力を使わなければ,イギリスの暴力は犯罪になってしまうからです.ガンディーの唱える非暴力・不服従によって,インド人はイギリスの植民地支配を終わらせました.
このようにして独立したインドですが,ガンディーの理想に反して,今や世界でも有数の軍事大国になっています.ストックホルム国際平和研究所によると,インドの軍事支出は729億ドルで世界第3位です.1位はアメリカの7780億ドル,2位は中国の2520億ドル,3位がインドで,以下,4位ロシア,5位イギリス,6位サウジアラビア,7位ドイツ,8位フランス,9位日本の順です.ちなみに日本の軍事支出は491億ドルで,これが2倍になるとインドを抜いて世界第3位となります.
実はガンディーはインドの憲法を軍隊を持たない平和憲法にしようとしていたそうです.
インドが独立した時,インドには70万もの村があったそうですが,ガンディーは村々をそれぞれ独立した共和国にしようとしていました.国家の主権を首都のデリーではなく,地方の村々に分けて置こうとしました.このような中央司令部のない国家では,軍隊を組織することもできないので,ガンディーの考えていた憲法は軍隊を持たない平和憲法でした.
ガンディーの行動を研究したジーン・シャープが書いた「非暴力を実践するために:権力と闘う戦略」という本があります.ガンディーと同様,権力を支えている民衆が,非暴力での不服従・非協力を一貫して行えば,支える民衆を失った権力は弱体化し崩れ去ると考えます.本には具体的に198もの抵抗の方法が載っています.その中には公式声明に署名する,垂れ幕・ポスターを作る,集団で陳情を行う,特定の商品を買わない売らないといったものから,抗議の意を示して服を脱ぐ,徹夜で祈る,「病欠」と称して仕事を休む,わざと時間をかけて仕方なしに従う,断食をする,などの方法も載っていました.
断食はガンディーも用いた方法です.それまでにもヒンドゥー教の儀式を用いた抵抗運動はあったそうですが,イスラム教徒との対立を招いてしまいました.そこでガンディーはヒンドゥー教徒もイスラム教徒もおこなう断食という方法を選びました.
【アフガンに用水路をつくった中村哲医師】
「荒野に希望の灯をともす」という映画を十三の第七藝術劇場で見てきました.アフガンで診療所を作り,井戸を掘り,用水路を作った中村哲医師の映画です.
アフガンだけでなく,本来のイスラムは,中央に国会や政府があって,そこで決まったことが全国に広がっていくという「国民国家」とは全く違う社会です.アフガンではそれぞれの地域をそれぞれの勢力が自主的に治めていて,首都カブールで何が起こっても地域には何も影響しないそうです.地域を結んでいるのはイスラムの教えで,各地域にはイスラム寺院のモスクが必ずあって,もめごとを解決したり,困りごとがあればみんなで相談し方策をたてます.アフガンの人たちは,アフガンを征服しようとして成功するものはいないと確信しているそうで,実際,アレキサンダー大王,モンゴル帝国,大英帝国,ソ連,アメリカもこの地域を支配することはできませんでした.
中村哲医師は,診療所で患者を診ているだけでは命を救えないと考えて,命に必要な水を確保するため井戸を掘りました.しかし干ばつで井戸が干上がってしまうと,住民と一体になって用水路を建設しました.その結果,今では65万人が,自分たちで自分たちの土地を耕し,再び食物を手に入れています.用水路建設には,住民が自分たちで修理できるようにアフガンに元からある技術を使いました.川から用水路へ水を引き入れるための堤は,最初は川の流れに直角に作ろうとしましたが,すぐに川に押し流されて失敗しました.そこで中村哲医師の故郷の筑後川で,昔,川に直角でなく斜めに作った山田堰の方法を持ち込みました.また武田信玄の信玄堤と同じように,堤には樹木を植えて堤が崩れるのを防ぎました.こうして自然を征服するのではなく,自然の力を敬い,その下で生きさせてもらうという姿勢を貫きました.
中村哲医師は,現地の人々の望むことを一緒に実現することが一番の安全保障と考えました.診療所が武装集団に襲われた時も,現地のスタッフが武器を持とうとしたのを押しとどめ非暴力を貫いたそうです.
【市民による自主的な共同体】
現在の日本は,ガンディーのインドや中村哲医師のアフガンとは違いますが,政府に組織され管理されるのではなく、日頃から,自然と人,人と人とをつなぐ自主的な市民の共同体がつくられ,非暴力の抵抗につながる基盤ができていれば,戦争を防ぐ大きな力になると思いました.
この教会も1週間に1回,おとなやこどもがみんなで集まっています.来週は「がんになった緩和ケア医からのメッセージ」という集まりをもって,みんなで人生の終わりの生き方について話あうことにしています.秋には精神障害者隔離を描いた映画の上映会をする計画もあります.
侵略への備えは,際限のない軍備の増強ではなく,非暴力の抵抗につながるような市民の共同体作りの方が現実的ではないかと思います.そうは言っても非暴力の抵抗には勇気がいります.非暴力で抵抗しても,少なからぬ人が殺されるでしょう.ガンディーは,自分は弱いと決めてかかるところから恐怖心は生じる,自分には力があり変革できると信じれば,恐怖を振り払うことができると言っていたそうです.
天の神様,この戦争の時代にあってもそれに備える力,対処する勇気を持てるようにして下さい.私たちの主,イエスキリストの御名によって祈ります.