No.96 「父換える」 牧師 横山順一 と或る雑誌の編集部からの声として、「パパ」。役所や病院でそのように呼ばれるたび、「パパ・・?」と思わず首をひねってしまいます。という文章を読んだ。 役所や病院で、「パパ」と呼ぶのを私は聞いたことがない。東京ではそうなんか?とちょっと驚いた。 この編集員は、「あえて原則的なことを言いますが、近代家族における父とは、家父長制権力の極点であって、少なくともわたしたちのあいだでは、そのような役割を放棄するためのささやかな工夫として、「パパ」「ママ」という呼称は使っていません」と書いていた。 私には、そこまでの鋭い意識はなかったのだけど。ところが、つい先日、さる場所で、「お父さん」と呼ばれたのだ。 メカに弱い私が、体脂肪率とかあれこれ詳しく測定できる体重計で、打ち込みパネルにまごまごしているのを見かねた男性からの呼びかけだった。 マスクをしているので、私より上なのか下なのか、定かではない。多分、少し上ではないかと感じた。 彼は、「お父さん、あんな、これはこう打ち込んで、ここのボタンを押せばええんや」と、親切に説明してくれた。 悪気などあるはずもない訳で、私はありがたく感謝の他ない事だった、のだが。 実は他人から「お父さん」と呼ばれたのは初めてで、少しく動揺してしまっていた。 だから、親切な説明が耳を素通りして、結局未だに操作にまごついている。悲しい。 もちろん、同年代の友たちから、現実の意味合いで、(子どもらの)「お父さん」とか「パパさん」とか言われた経験はある。 それでも、知らない男性からの呼びかけは、予想外のショックで、しばらく尾を引いた。 確かに、誰が見ても年相応の外見である。十分に初老で、少なくとも若者ではない。「おっさん」じゃなくて良かったとも思う。 逆に、「じゃあ、どう呼べば?」と言われても答えに窮する。知っている人だったら、名前で呼ぶに決まっているし。 おおかた「お父さん」と言えば無難ではあろう。こころ旅の日野正平さんだって、番組で出会う人たちに普通に「お父さん」「お母さん」って呼びかけている。 もしかしたら、普段余りにも「先生」とか「牧師」とか呼ばれ続けて、慣れ切ってしまっていたか。 私自身は、知らない人に「お父さん」「お母さん」などの呼びかけをしたことがない。それも或いは、知った人とばかりの関係にどっぷり居ることの結果なのか・・。 適当な呼称が思いつかず、日本語って難しいと思ってしまう。日本語の問題じゃないのにね。 「お父さん」と呼ばれたくらいで動揺するとは、器が小さいとつくづく恥ずかしい。 でもやっぱり、「私はあなたの父親じゃない」という思いがある。つまらん意地かもしれない。 いつだったか、「お母さん、これ買っていきなよ」って声かけした販売員に、「わたしゃ、あんたの母親じゃないからね!」と、毅然と返答した女性がいた。偉い! この調子では、近い将来「おじいちゃん」と呼ばれて悩む日もきっと来るだろな。自分が面倒臭くなるな。