《本日の説教要旨》

 今朝のみ言葉は、ルカによる福音書だけに記録されたイエス様の譬えで、ルカが生活していたローマの社会のことを考えると理解できます。お金や権力が何でも解決すると考えていた人々が多くいて、こんなことも実際にあったかもしれません。不正なことをして主人の財産を使い込んだ管理人は主人に帳簿を提出するまでに借用証書を書き換えさせて恩を売り、解雇されたら寝る所と食事を与えてくれる友達を作ることにした。主人は不正な管理人の抜け目のないやり方を誉めたと言い、イエス様は「この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。不正にまみれた富で友達を作りなさい」と言われました。何が言われているのでしょうか。

 この16章にもう一つルカによる福音書だけに記された譬え話があります。金持ちが死んでから地獄の苦しみの中で自分の家の門前で腹をすかせて寝ていたラザロも死んでアブラハムの懐にいるのが見えた。ラザロの指先に水を付けて私の喉の渇きを潤してくださいと頼むと、生きている時にしてやらなかったし、こちらからそちらに行くことは出来ない、とアブラハムに言われました。共通点は最後に残された時間の中であらゆる可能性を活かして友達を作りなさいです。
 「最後だと分かっていたら」という詩があります。2001年9月11日のテロ事件以後、メールで世界中に広まった詩だそうです。「最後だと分かっていたら、あなたを愛していることを伝えただろう。・・『ごめんね』や『ありがとう』を伝える時を持とう そうすれば もし明日が来なくても あなたは今日を後悔しないだろうから」
 ミヒャエル・エンデの「モモ」は時間泥棒が人々を虚無的な忙しさの中に引き込む話ですが、ホームレスの少女モモが登場し、廃墟になっていた円形劇場に住み着き、人々はいつの間にか困ったことがあると「モモのところに行って来い」と言うようになります。時間を気にせず聞いてくれるモモに話を聞いてもらうだけで生きる勇気が湧き、解決する力が湧いてくるのです。今でも就職難地獄、借金地獄、老老介護地獄、共倒れ地獄があります。イエス様に友として愛されていることに感謝して友達作りをすることが私達の使命です。財産はなくても、難問を解決する力はなくても、齢をとって何も出来なくても、人生最後の日々まだ出来ることがある。時間を気にせず親身に話を聞いて差し上げること。今できることをすることが主の弟子たる我らに求められている賢く振舞うことです。