《本日の説教要旨》
創世記12章にはアブラハムが神様から「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい」と言われて、ハランを出発し波乱万丈の人生を始め、アブラハムは75歳であったと記されています。お連れ合いのサラさんは65歳でした。後期高齢者のアブラハムが前期高齢者の妻と二人で旅に出たのです。アブラハム99歳の時「あなたを多くの国民の父とする。諸国民の父とする」(17:5~6)と言われました。この「多くの国民」の「国民」はゴイムで民族、異邦人という意味です。つまり、神様はアブラハムを通して旅先の様々な異民族の人々を家族とし、共に生きる民にすると言われたのです。2020年現在、キリスト教徒31.8%、イスラム教徒24.1%、ヒンズー教徒15.2%、仏教徒6.9%、ユダヤ教徒0.2%、その他5.7%、無宗教16.1%と言われていますので、80憶人の世界中の人々の56.1%がアブラハムの物語を知っている人間です。
10月18日(水)の朝日新聞の「ひと」の欄に井上弘子さん(84歳)という方が紹介されていました。パレスチナで巡礼者向けのツアー中、はだしの子供がキーホルダーを売りに来て、教育こそ平和への確かな道だと確信し、1990年に基金を設立し、後に認定NPO法人「聖地のこどもを支える会」になりました。2005年に紛争の続くイスラエルとパレスチナと日本の若者が共同生活をしながら対話を重ねるプログラムを始めた。話す機会がなかった若者の間で口論になることもあった。でも、共に生活し苦しみや恐怖を分かち合うと、「あなたもつらかったね」と抱き合って涙を流し、「みんな同じ人間で友だち」と語りあったそうです。「心に巻かれた平和の種は、いつか必ず花が咲く」。
ボルノーという学者は「人間学的に見た教育学」や「対話への教育」という本で体験はエアーレーベン「生活から」という意味、経験はエアーファーレン「旅から」という意味で、旅をして学ぶことから人生を生きる為に大事なことを学ぶと書いています。自分の利益や立場を守ることを優先すると話し合いは「交渉」、自分の正しさを訴えて相手の間違いを正そうとすると「議論」、もしかすると自分の考えが間違っていたのかも知れないと考えて相手の言うことを聴こうとすることが「対話」であると言っています。
99歳になっても望みを捨てず、多くの外国人の父となる希望を捨てなかったアブラハムを信仰の父と考えるなら、私たちも井上弘子さんと同じくキリスト教徒とイスラム教徒とユダヤ教徒の話し合いの機会を設定し、かの地での紛争を対話の機会としてこの日本でも平和を祈りましょう。17節に「死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神を、アブラハムは信じ、その御前でわたしたちの父となったのです」と書かれています。既にガザやイスラエル南部で死んだ人たちも空しく死んだのではなく、世界に平和をもたらす礎として私たちの中に復活し、共に生きる友としていただき、私達もパレスチナの人々の苦しみを理解して、それを入り口として在日外国人の方々の苦しみを理解して、共に生きる関係を築いて行くとき、神様が求められる義なる生き方が生まれてくるのではないでしょうか。