つくし

《本日の説教要旨》

 10数年前、鶴橋の宝石店で人工ダイヤモンドなるものを見せて頂きました。

人工ダイヤモンドはジルコニアと呼ばれ天然のダイヤモンドと素人には区別はつきませんが値段は天地の差があります。今では、ジルコニアがすごく進歩してAIプログラムにも必要な高価な物があるそうです。人工ダイヤか天然ダイヤか区別することに意味がない時代に突入していますから、金額に換算して有難がるのではなくダイヤモンドの7色の美しさを喜ぶ方が正解です。

天然のダイヤモンドでも光が当たらなければ7色の輝きを見せることは出来ません。ジルコニアも天然ダイヤモンドと同じように美しい7色の輝きを見せますが、それは光の性質の中に7色の要素があるからです。それを発見したのはニュートンです。寒い真冬に北海道では「ダイヤモンドダスト」というものが見えるそうですが、ダストとは「埃」ですから北海道まで行かなくても朝寝坊して太陽の光が部屋に差し込む頃に雨戸を少し開けて、お布団を荒々しく片付けると埃が部屋中に舞って、キラキラと輝きます。私達は、天然のダイヤモンドのような価値のある人間になる必要はありません。イエス様の光を受けて喜んで生きているジルコニアで良いのです。

工藤久美子という人の「どろがめ」という小説があります。大森亀松という人の伝記です。大牟田で魚屋を営んでいましたが、酒と博打と女遊びが大好きで、町の人々から嫌われ、恐れられ、泥の中を這いずり回っている汚れた亀だと人々から言われて「泥亀」と渾名されていました。しかし、息子の連れ合いになったウタがクリスチャンになったことが切っ掛けで彼もクリスチャンになりあの「どろがめ」がこんなに変わったというので昔の彼を知る人々が次々と教会に来るようになったそうです。戦時中は神社参拝に大森亀松だけが反対し戦後は教会の再建と孤児たちの福祉の為に東奔西走して働いたそうです。

今日の聖書はエフェソの信徒への手紙で、エフェソは商業都市で偶像崇拝や金儲けが優先される貪欲な世界で、酒や性が人々の日常にはびこっていました。それらは「身を持ち崩す元です」(18節)とパウロは戒めています。そういう社会で「主に喜ばれるものが何であるか吟味し、実りのない闇の業に加わらないでそれを明らかにし」、キリストの光に照らされて「光の子」として生きなさいと勧めています。今の世界も日本も混沌として希望のない世の中になっています。私達も光に照らされているだけで人々に希望を与えることが出来ます。御言葉を日ごとに読んで祈りイエス様に照らされ光の子になりましょう。