KYなる流行語があったが、立ち位置を考えることは大切。それは上手に立ち回るということではなく、自分とは何者かを考えること。それは他者に反映されるもの。
バルナバを覚える。パウロ一人が活躍したのではない。バルナバの存在があってこそ。聖書にはそういう存在や関係の記録が満ちている。バルナバの取り成しと仲介があったから、パウロはエルサレムの使徒たちと交わり、一員とされた。その後の働きも互いの役割を意識したものだったに違いない。
外山滋比古先生の「思考の整理学」。そもそも考えることの楽しさが書かれている。知識を選択し、忘却し、頭に残ったものを個性化することが大切だ、と語られている。
バルナバはまさにそうした。かつてのパウロ像を忘却し、自分が見た姿を個性化した。それはフランクルの言った「相手への責任」でもあった。
私たちもイエスの仲介によって、神の前に招かれた。私自身の立ち位置はどこなのか、もう一度振り返りたい。それを確定すると、眼前に未来が育つ畑が広がるのが見えるに違いない。

【メッセージ全文】
皆さんは自分がどこに立っているのかを忘れたり、見失ったりしたことはありませんか?私は今でもあります。それで時々赤っ恥をかきます。きょうびの言葉で言うとKYということかもしれません。KYとは、ご存知のように「空気が読めない」ことを指す訳です。きょうびと言いましたが、もう死語かもしれませんね。
この言葉が流行していた時は、あの人はKYだ、空気が読めない人だと言った風に、KYであることは付き合いの上でマイナスであって、だからKYなどと他人から言われないようにしなければという意味合いが満ちていました。
ところが、KYだっていいじゃない。他人からの意見にいちいち左右される必要はないので、恐れず自分を貫けばいいんです、と言うような反論が出されました。確かにそれも真理です。まあいずれにしても、たわいない話ですから、そんなに深刻に捕えなくて良い訳です。
しかし、私たちは「自分の立ち位置」については、意識しなければなりません。と言うより意識せざるを得ません。私は自分自身の立ち位置には失敗して来ましたが、そんな自分のそばに立って下さった方のお陰で、幾度も助けられて来たからです。多分多くの方もそうでしょう。立ち位置を考えるとは、付き合いの上で、上手く立ち回る、如才なく立場を務めるという事ではありません。そうではなく、自分の立ち位置を考えるとは、自分とは何者かを考えること、そういう根源的問いに応えることであるのです。それ故にそれは自分を取り巻く周囲の人々によって映し出されるものとも言えます。
さきほど読んだテキストにバルナバという人物が登場しました。今日はバルナバについて学びます。私たちのキリスト教は、パウロが頑張って世界(当時の)各地に伝道したお陰で、広まり、伝えられて行った、それはもうその通りであって、パウロの存在、働き抜きに語れないものがあります。
しかし、言うまでもないことですが、決してパウロ一人で孤独に必死で頑張って実現したのではないのです。例えばモーセにはアロンという実の兄弟であり、仲間が与えられました。あのダビデにも、盟友ヨナタンが与えられ、預言者ナタンが与えられました。モーセにしても、ダビデにしても一人で働いて使命をまっとうしたのではありません。モーセにはモーセの、ダビデにはダビデの、それぞれ誰にも代えられない役割があって、それを受けて生きたに過ぎないのです。与えられましたと言いましたが、アロンにしても、ヨナタンやナタンにしても、主役であるモーセやダビデを引き立てるための名脇役として与えられたと言うのではなく、アロンもヨナタンもナタンも、一人一人その時々に応じた働きをまっとうした人たちでした。すなわち、彼らはそれぞれの立ち位置を覚えながら、自分の役割を果たしたのです。
同じように、パウロは確かに大伝道者として、私たちにはとてつもない役割を果たした人ではありましたが、やっぱり一人ではなかったのです。そばに立った人がおりました。その一人が例えば、今日の聖書のバルナバという人でした。
彼は、使徒言行録4章によれば、キプロス島の出身で、自分の畑を売り払って、初代教会を懸命に支えた人だったといいます。そして主に小アジアの各地で伝道し、現在世界でも最も古い教会の一つ、キプロス正教会を建てた人でもあります。
このバルナバが、エルサレムの教会で、パウロを助けたのです。ご承知のように、そもそもパウロはクリスチャンを迫害する熱狂的ユダヤ主義者の筆頭だった訳です。ですから、エルサレムにいた使徒たちに仲間に入れてもらおうと訪ねた折、皆は彼を弟子だとは信じないで恐れたというのです。26節にあるとおりです。かつてというよりも、つい最近まで教会に押しかけ、多くの人を捕えて牢獄へ送って来た、当時のクリスチャンたちにとっては誠に怖い存在、それがパウロでした。使徒たちの反応は無理もないことでした。
けれども、そこでバルナバがパウロの回心を説明し、今は全く生まれ変わってイエスの福音を伝える者とされている事を彼らに懸命に語り聞かせたのです。この取り成し、仲介があったからこそ、パウロは関係を回復し、晴れて使徒たちの仲間として働くことが許されたのでした。
さて、10年ほど前、東大生と京大生にもっとも読まれた文庫本があります。外山滋比古先生が書かれた「思考の整理学」という本です。実は1983年に書かれた本でしたが、どういう訳か30年近く経ってからヒットして、読まれるようになったのです。累計で211万部売れました。東大生や京大生が読んだ凄い本というより、東大生や京大生のような人たちが一番読まねばならない本だったのです。
外山先生はもともとは御茶ノ水女子大の英文学の教授でした。93歳になられます。今もお元気です。で、1983年に書いた本が驚異的に売れたということで、86歳の時招かれて東大で「思考の整理学を語る」講演会をなさいました。
この本は、一言で言うと、考えることの大切さ、楽しさについて書かれた本です。けれどその出発点は先生ご自身の記憶力の悪さへのコンプレックスにあったのです。例えば学生の名前が覚えられない。悩まれます。どうしたら記憶力が良くなるか。その頃コンピューターが身近になってきて、コンピューターに負けないようにするにはどうすれば良いか、真剣に考え抜いた末に気づかされたのは、「忘却こそが大切だ」という事だったそうです。
知識は大事じゃないと言われるのではありません。詰め込みの知識では駄目だと言われるのです。知識を詰め込んだなら、適当にそれを捨てて、頭に残った知識を個性化してゆくことが大事だと訴えてられたのです。
この講演を聴いた東大の大学院生の一人がコメントしました。「忘れることを怖がるな」というメッセージを聴いて気持ちが癒されました。」と。
私は、このエピソードを聴いた時に、バルナバという人の持っていた立ち位置が分かったような気がしました。バルナバは、エルサレムの他の弟子たちと違って、パウロの回心の出来事をつぶさに見聞きしたのです。パウロがキリスト者を迫害した敵だったと、もちろん知っていたでしょう。しかし、自分の目で見た事を信じました。パウロの立場になってみれば、今更キリストの福音を語ることは、ユダヤ主義者からすれば、許しがたい裏切りです。事実パウロはこれで逆に何度も殺されそうになるのです。その危険性を犯して伝道するとしてもクリスチャンの側からすれば、まずは当惑させられる事態です。にわかに信じることなどできません。にも関らず、そのいずれにも臆することなく、パウロはひたすら語る人として立っておりました。またパウロこそ自他共に認めるユダヤ主義者として律法を大変重視した人でした。言わば知識の上に知識を尊重したのです。その人物がそれらを捨て去って、今時分にとって最も大切なものを証ししている。変えられたその姿をバルナバは見つめたのです。ですから恐れる使徒たちを前にして、今のパウロの姿について黙っている訳には参りませんでした。バルナバは、彼の頭に残っているパウロに関する知識を個性化しました。つまりバルナバ独自のものとしました。かつてのパウロの人物像を忘れ去ろうと決意したのです。バルナバとは、「慰めの子」という意味でした。
バルナバはパウロとの出会いによって、すなわち自分を映す鏡を得て、自らの立ち位置を知りました。もちろん、それはパウロも同じでした。そして互いに自分を映すその鏡は、神様からもたらされたものだと信じました。
フランクルという人が、こういう事を書いています。
「各個人が持っている、他人によって取り替えられ得ないという性質、すなわちかけがえがないというとこは、-意識されればー、人間が彼の生活や生き続けることにおいて担っている責任の大きさを明らかにするものなのである。持っている仕事、或いは待っている愛する人間、に対して持っている責任を意識した人間は、彼の生命を放棄することが決してできないのである。彼はまさに彼の存在の「何故」かを知っているのであり、-従ってまた「殆んどいかなる如何に」も耐え得るのである。」
バルナバはパウロへの責任を意識した人でした。恐らくパウロもそうでした。だからこそ二人はこの後ともどもに力を合わせて伝道の旅を続けるのでした。二人でなした旅もありますし、途中からは分かれてそれぞれの伝道に励みました。でもいつの時も、互いを思い合い、そこから力を得て励んだのだと信じます。私たちにもそのような関係性が与えられ、責任が与えられて行くのでしょう。
この夏、不思議な体験をしました。黄金の麦が育っている広大な畑を垣間見たのです。去年行けませんでしたので、2年ぶりの余島キャンプでした。参加した子どもたち、いつもCSに来ている子もおれば、そうではない子もいます。キャンプの時だけという子もいます。そういう子どもたちと2泊3日の時間を共にして、知らない子はもちろんのこと、知っているはずの子どもたちの知らない面をたくさん知らされる訳です。
それはマイナス面の場合もありますが、概ね驚かされるようなプラス面であることが多いのです。わずか2泊3日のプログラムの中で、思いがけず成長したりします。そしてそれを知ることは楽しみであり、喜びです。
普段来ていない子に、できればCSに来て、東神戸に連なって欲しいという願いがあることは当然です。でもそういう個人の願いを超えて、子どもたちが既に神さまに守られて成長していることを知らされると、小さな願いが消し去られます。
自分は、もっと大きな夢を子どもたちと見るために、教会に集っている。今見ている子どもたちだけではなくて、まだ見ていない子どもたちもそこに含められていて、それがもはや抜き差しならず打ち立てられた自分の立ち位置なのだと思ったのです。自分は自分の力でここに立っているのじゃない。そして自分が立っているこの足元は、人間の大地であると同時、まさにそこが神さまの大地であると思いました。
そう感じた途端、目の前に広大な畑が広がるのが見えたような気がしたのです。その畑に育っている黄金の麦は、未来なのだと悟りました。
私たち一人一人、イエスという救い主を通して、神様との関係が回復させられ、神様が望まれる働きへと招かれています。私たちの立ち位置はどこなのか、もう一度振り返りたいと思います。振り返ろうにも出来ない、今は分からない人もいるかもしれません。焦る必要はありません。ゆっくりで良いのです。自分がどこに立っているか
じっくり見つめてまいりましょう。

天の神さま、私たちがどこに立っているか教えて下さい。それを見て、未来へ心を送り出して下さいますよう。