台風情報を伝える報道の中には、首をかしげるものがある。現場をより混乱させるのは、人間の心かもしれない。
 故・灰谷健次郎さんは、教師時代に出会った子どもたちから、逆境を乗り越える楽天性を教えられ、本当に人間を愛せるのは、楽天主義者だと学んだ。
 アブラムは、大きな報いが与えられること(子どもが生まれること)を神から告げられる。それは夫妻にとって、望外の喜びだったはず。しかし、常識的に考えればあり得ない、期待はずれのプレゼントのごとき話で、とても信じられなかった。
 にも関らず、信じた。人為的意図ではなかった。そして神はそれを義と認められたのだった。さとる君の心を、灰谷さんは懸命に叩いた。同様に、神もアブラムの心を懸命に叩いたのだった。
 不確かであやふやな告白を、義とされたのは、神だった。実に神こそが、真に人を愛される楽天主義者であった。私たちこそ、その神に期待はずれの応答を繰り返して来たのだろう。
 しかし、その楽天の愛の関係性の中を、私たちは意図的に足したり引いたりせず、淡々と歩んで行きたいと思う。

【メッセージ全文】
 最近は毎年のように台風が多いなと感じます。台風が近づくと、その様子を各社が報道する訳ですが、わざわざ海辺で暴風雨の中でアナウンスさせるのは何なんのでしょうね。一方では危険なので、外出を控えるよう指示しているのに、「立っていることも難しいです」とか言いながら、最後に「現場からは以上です」と結ぶのです。
 私はそれを見ながら、いつも、いやいやその現場が異常だよねと感じます。台風などの自然だけでなく、普段にない様々な尋常ではない事態が私たちの人生には幾つもあることです。ただその事態を、慌てたり恐れたり、人が一層異常な状況にしてしまうことがあるように思います。その異常な事態を、神さまはどのように見つめておられるでしょう。
キッコーマンのテレビコマーシャルで、明石家さんまが「しあわせって、何だっけ何だっけ、うまい醤油のある家さ~」と歌った頃がありました。実はあれは更に20年ばかり遡って、やっぱりさんまが「ポン酢醤油のある家さ」と歌っていたのがリバイバルされたものでした。当時、時代はバブル景気の真っ只中でした。さんまは同じコマーシャルを違う時代で2回行ったのです。
このことについて、コラムニストの故・天野祐吉さんが文章を書いておりました。
「それから23年、僕らはいまバブル景気とは正反対のどん底景気の中にいる。幸せとは「おいしいしょうゆのある家にある」という答えが、あの時は痛烈な批評の響きを持っていたものだが、それがいまは、しみじみした共鳴の響きをもって聞こえてくる」・・・と。時代・環境が違うと光景まで違って来るということでしょうか。
 ちょうどそのバブルの頃に出された一冊の本を読み返しました。ただし書かれた内容はもっと昔の出来事です。灰谷健次郎さんが書かれた「わたしの出会った子どもたち」という文庫本です。そこには灰谷さんが教師をしていた頃に出会った子どもたちとの思い出が綴られています。
灰谷さんはこんな事を述べておられました。「私が子どもたちを教えたのではない。逆に、子どもたち一人一人が、私に、本当の優しさと人生を生きる意味とを教えてくれた。」
 幼稚園の時、トラックにひかれて右足を切断して義足になってしまった高橋さとる君という子どもが入学して来ました。最初一週間学校に来たさとる君は、時々休むようになり、しばらくすると全く学校に来なくなりました。灰谷さんは教師として一生懸命彼に関わります。その励ましの結果、彼は詩を書きながら、学校に来るようになるのです。そして素晴らしくユーモアに満ちた詩を書くのです。一つ紹介すると、温泉という詩。
「きのう晩御飯の時、チキンラーメン食べたら、おなかに、温泉ができたみたいやった。」
 さあ、学校に来るようになったさとる君、運動会で感動的なシーンが生まれました。ここは全文を紹介します。

 灰谷さんはこの報告の後、あの圧倒的な感動をもたらしたさとるの立ち直りのみなもとは、もともと彼が持っていた楽天性なのだ、と書きました。とてつもないハンディを背負わされながら、それを乗り越えてゆけるのは子どもの持っている楽天性なのではないか、と。そして本当に人間を愛することのできる人は、本来楽天主義者であると、今、僕は思う。そして楽天主義者こそが、本当の批判精神の持ち主でもあると思う、とまとめておられたのです。
 今日与えられたテキストは、創世記からアブラハムと神の物語でした。まだアブラムという名前だった時代の出来事です。アブラムに向って神は「非常に大きな報いを受ける」事を告げるのです。非常に大きな報いとは、彼に実の子どもが与えられるということ、跡継ぎが生まれるということを意味していました。
 アブラムはそれまでも神から与えられる命令に正直に従って来ました。前後の章を読むと、それまでお父さんたちと住んでいたハランという場所を出て旅に出た時、彼は既に75歳でした。甥っ子のロトの住んでいた場所が戦争に巻き込まれると、アブラムは勇躍助けに出向かい、勝利の末にロトとその家族を無事取り返します。しかしそんな活躍をしながらも、アブラム自身には子どもが与えられなかったのです。当時の社会では、子どもが与えられない事は、神から祝福されない事として、最も恥ずかしい、しんどくてつらい出来事であったのです。子どもが与えられない場合には、親族や部下が跡目を継ぐことになっておりました。ですからアブラムも「家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです」と、神に答えたのです。
 子どもが与えられるというお告げは、恥を忍んで活躍しながらも、それまで苦しみ抜いて来たであろうアブラムにとって、天にも上る喜びであったはずです。しかし彼はどうにも信じられなかったのです。なぜなら既に75歳を越えていて、10歳違年下の妻も同じく高齢であって、到底子どもができるはずのない年齢だったからです。「我が神、主よ」とは返答してはいますが、「私に何を下さるというのですか。」という2節の言葉。3節に継いだ「ご覧の通り、あなたは私に子孫を与えて下さいませんでしたから、家の僕が跡を継ぐ事になっています」という言葉。そこには、とても信じられないという思いだけではなく、何を今更、というこれまでの神の仕打ちへの不満が十分感じられるのです。
 それでも神は、繰り返し子どもが与えられるという事をこの時告げますが、実はお告げの通り、本当に子どもが与えられたのは、この時から十数年も後、アブラムが100歳の時になってからでした。
 もう十分に年を取っており、また、本当に神がアブラムを顧みて下さるなら、この時すぐに子どもを与えてくだされば良かったのです。それこそがアブラム夫妻の一番の望みであり、最大の喜びであったでしょう。人はそう思います。この時の神のお告げは、アブラムによって、全く半信半疑、ぬか喜びにも近い、どうしても完全には信じがたい期待はずれのプレゼントだったと言えます。願いと裏腹の贈り物ほど私たちを落胆させるものはありません。
 はっきり言って、この時にアブラムは決して信じてはいなかったでしょう。99歳の時、もう一度子どもが与えられるお告げがあった時、17章には密かに笑ったと記されています。それは当たり前のことだったでしょう。
 ところが、今日の15章6節には、こうあるのです。「アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。」どう考えても本当に信じたとは言い難い状況の中で、アブラムは信じた、そして神はそれを義と認められた、そう言うのです。人間からは異常な出来事であり、物語でしょう。でもこれは、神についての正常な物語なのです。
 灰谷さんは、学校に来なくなったさとる君に何通も何通も手紙を書きました。その時の事をこう書かれています。
 「ボクはペンを取り、一字ずつ精魂を込めて、彼に手紙を書く。手紙のおしまいに熱い思いで、次のように書く。「先生はさとるちゃんが好きやで。なんぼ、義足をつけとっても好きやで。義足をつけとうから、よその子より、もっともっと好きやで。つらいことがあったら、手紙に書きよ。」
 もちろん、こう書いたからと言って、すぐにさとる君が学校に来るようになったのではありませんでした。けれどもこの愛の言葉、さとる君が抱いていた悲しみに何とかして寄りそおうとする灰谷先生の姿に、彼は少しずつ心を開き、そしてついに復帰したのでした。
 アブラムも同じだったのではないでしょうか。彼は本当に心の底から神のお告げを信じたのではなかったことでしょう。しかし神は彼を家の外に連れ出し、夜空を指して「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるが良い」と言いました。数え切れない満天の星空であったのでしょう。数えることができない世界を眺めて、自分の限界人間の限りを瞬時に悟った。そしてアブラムは何となくではあっても信じたのです。確かな根拠は何一つありませんでしたが、その時信じざるを得ない何かの力が働いたのです。
 このあやふやで、不確かなアブラムの信仰を、にも関らず神は義とされたのです。よし、それでいいと受け止め、認められたのです。私たちは確固たる確信や証拠がなければ、信じることができない存在です。常にしるしを求めます。自分の心が欠けているならば、それが満たされないうちは、人を愛することがなかなかできません。
 そんな私たちの代表がこの時のアブラムでした。しかし神はこの大いに欠けたるアブラムを愛されたのです。本当に人間を愛することのできる人は、本来、楽天主義者である、と灰谷さんは学びました。疑い続け、確たる根拠も持たないアブラムを愛され、その信仰を義と認められたのは神でした。実に神こそが、頼りない私たちをそのまま包み、愛される本物の楽天主義者なのでした。
 バブルの頃から30年、世の中はすっかり変りました。すべて実績主義、自己責任の時代です。見失われ、捨てられた価値観があります。その中に、楽天的である事が含まれることでしょう。実績を残し、一切は自己責任とされる世界では、楽天的に生きることは決してできません。眉間にしわを寄せ、強い決意と実行力を持った人だけが、幸せを得られるのです。
 でも、今日私たちは、本当に楽天主義で人を愛し、包んで下さる方が神であると学びました。期待はずれのプレゼントを返し続けていたのは、私たちでした。うまいしょうゆのあるところには幸せがきっとあることです。でも、神が共にいて下さるところには、もっと深い幸せが必ずあるのです。「何を知っているかを云うのはたやすいが、何を信じているかを言うのは難しい。と言うのは、この場合は云うだけでは不十分で、それを生きなければならないからだ」とフランスのある歴史学者が述べました。信じているとはおよそ云いがたい私たちのあやふやさを見つめ、認め、受け入れて下さる神がいます。それ故に私たちはそこに一切を委ね、例え自らの現場で何が起ころうとも、自分で勝手に何かを足したり引いたりせず、神の楽天の愛の中を生きてゆきたい、生き抜きたいと思うのです。

天の神様、私たちの弱さをお許し下さい。それでもあなたの愛の中を一心不乱に歩んでゆけるようお導き下さい。