東方の占星術の博士たちの旅を、改めて大変だったと想像する。便利なガイドも地図もない、病気や野獣、強盗に襲われる危険性もあった。言葉や携えるモノの問題もあったろう。
 そもそも、彼らが信じた「占い」そのものへの疑念もないとは言えなかったのでは。その上、ヘロデなる悪名高き王が待ち受けていたのだ。
 しかし、守られて、彼らは占いどおりに救い主と出会った。大いに喜び、安堵したことだろう。
 その彼らが、帰り道は別の道を通って帰ったという。ヘロデからの危険は言うまでもない。が、別の道とて危険は十分にあり得た。それをさせたのは、やはり救い主と出会い、変えられたからではないだろうか。故郷へ意識を飾る帰り道、幸せの方向転換を彼らは与えられた。
 閉塞感にいつまでも満ちる現代。私たちもこの出来事を通し、これがすべてと思い込まなくていい、別の道がきっと備えられると知らされる。それを信じ、新たな年に向かいたい。

【メッセージ全文】
 一年最後の礼拝となりました。教会用語で、一年の最後の礼拝を歳晩礼拝と言います。今年はちょうど今日が本当に2017年の最後、ただ暮れるこの年を振り返ると、歳晩礼拝の歳晩という漢字が、何だか裁くの、「裁判」のようにも聞こえます。人民新聞の編集長が不当な逮捕を受け、起訴され、神戸で拘留が続いています。保釈請求が二度却下されましたが、その理由に驚きました。先日、抗議の集会を神戸地方検察庁と生田署の前で行ったのですが、それらの行動が、検察の働きを妨害しているというです。不当な逮捕に抗議することが許されない時代になって来ました。
さて、教会暦では、既に新しい年を迎えている訳ですが、やっぱりこの礼拝は、私たちの時間としては、感慨深いものがあります。新しい教会暦を迎え、アドヴェントを過し、クリスマスを迎えても、やっぱり年末は年末として、何か違うものを意識してしまうのは、日本独特の雰囲気だからかもしれません。
 イエスが生まれ、はるか異国の地で、星のお告げでそれを知らされた東方の博士たちが、はるばるベツレヘムを目指してやって参りました。彼らがイエスと出会ったのはクリスマスの夜ではありませんでした。教会暦で言えばそれは1月6日だったと言います。本当にはるばるやって来たのです。皆さん、想像してもらいたんですが、当時、イスラエルであれ、東方の国のどこであれ、旅をすると言うことは実に大変だったんです。
 私は、ひどい方向音痴です。カーナビがついていても、道を間違えます。帰り道のために、初めて行くところは、必死になります。ここに何とか銀行があって、ここにこの学校があって、コンビニがあって、と、目印を一生懸命覚えるんです。帰る頃には、ほとんど忘れていて意味ないんですが。でもそうやって、何とか来た道を覚えて帰り道となるんです。
 二千年前、カーナビはありませんでした。地図さえありませんでした。星の導きによって、イスラエルまでやって来た博士たちのことを思います。恐らくはらくだに乗り、砂漠を越え、何日、何十日もかけてベツレヘムまでたどり着いたのでしょう。
旅そのものへのとてつもない不安がありました。
 それだけではなく、突然病気になる。或いは思いがけず、野獣に襲われる、時として強盗に襲われる、そのような、旅に伴う危険性も重々ありました。加えて言えば、言葉の問題もあったことでしょう。携える食料の問題もあったでしょう。ともかく、どこへ行くとしても、ガイドブックがあって、事前に宿も予約して、泊まるところ・食べるものにも事欠かない、現代とはまるで違う旅への危険、心配、不安が常にあったのです。
 そしてそれに更に加えて、占星術の博士たちだったとは言え、彼らが信じて従ったもの、占いそのものに対する不安もあったのでは、と想像します。GPSを使って、ほぼピンポイントで現地を特定できたのではありません。例え、専門の占星術によって救い主の誕生を告げられたとはいえ、それははるかな異国の事、そしておおざっぱな予測でした。彼らは救い主にささげるための相当な贈り物をも携えていました。それはひとたび強盗に会えば、無残に奪い取られるものであり、万が一救い主にたどり着けなければ、まったく空しい無用の長物となるところのものでした。
おまけにその国の、現王様、現体制として、あの悪名高いヘロデ王が居座っていた訳です。反感を食らうのは目に見えております。それこそ命の危険でした。これだけ考えるだけでも、それぞれの日常をいっとき投げ打って、思い切って出かけるには、相当の決意、覚悟が必要だったことでしょう。
 実際、エルサレムに到着してからは、王にとって不吉な預言をなす彼らを警戒したヘロデからの、油断ならない対応を目の当たりにした彼らでした。
 結果から言えば、幸いにも彼らは彼らが信じた星占いどおりの現実を見ることができました。それは確かに素晴らしいことでした。心の底から喜び、かつホッとしたことでしょう。その彼らが、帰り道を違う道にした、と言うのです。それはヘロデ王からの危険を察知したからです。当然の選択だったと言えるでしょう。
しかし、先ほども申しましたように、当時、親切な地図などないのです。来た道が危険だからと言って、違う道を通ったとしても、そこでまた幾らでも別の危険性があったのです。にも関らず、それを選択したのは、間違いなく理由がありました。それは、救い主に出会えた喜び以外の何ものでもありませんでした。
彼らは、占星術の博士として、その道のプロとして、自ら受けた星占いによって、ベツレヘムまでやって来ました。その結果、受けた占いどおりの現実を見ることができたのです。けれども、それはこうだからこうなる、と言った合理的、科学的つながりの結果ではありませんでした。そもそも占星術そのものが、必ずしも合理的、科学的なものばかりではなかったのです。
彼らは、自分たちが信じていたものからの預言が当たったから、だから改めて納得し、大いに満足して帰路に着いたのではなかったでしょう。それもあったかもしれませんが、すべてそうだったのではなく、苦労の末出会った救い主の姿を通して、新しい希望を与えられ、今までとは違うものを示されたから、だから道を変えて帰って行ったのではないか、そう推測するのです。しかもそれは彼らの夢によるお告げでした。彼らの信じる占星術による示しではなかったのです。
ある意味、彼らの旅は、無謀でした。行き先も定かではない。そこには幾多の危険性が待ち受けていた。或いは生きて帰れることすら端から諦めなければならなかった、決死の旅路だったと思います。敢えて言えば、目的が達成されようがされまいが、命を覚悟して出かけた旅であった、と。
けれども、彼らは救い主と出会いました。それはこれからの人生の希望を豊かに与える出会いとなったのです。この出会いに励まされ、支えられ、彼らの心は大いに燃やされることとなりました。主と共に歩む人生への希望と期待に満たされたのです。占星術ではなく、新たな指針によって彼らは歩み出しました。それだから、どちらに進もうが危険であっても、敢えて未知の道を選んで帰る、その勇気の選択を致しました。この日、彼らにクリスマスの夜が訪れました。
 博士たちの旅路を振り返る時、ハッピーターンという言葉が重なって思い起こされます。亀田製菓のお菓子の名前ではありません。ハッピーターンとは、幸せを望む方向を変えるということです。
誰しも自分のやっている事を認められたいと願います。全然おかしくありません。特に生まれ故郷を離れて苦労したなら、できたらいつの日か故郷に錦を飾りたいと夢見る人もいるでしょう。しかし、東方の博士たちは、救い主と出会う事を通して、思いがけず、違う方向を見出したのです。例え命をかけてやってきた自分の道であっても、なお神様は別の道を示されることがあるのです。すべてをよくよくご承知の上で、最善を示されるのです。ですから、目的を果たして心が満たされた博士たち、この出来事は決して故郷に錦を飾るようなこの世的な成功物語ではないのです。或いは故郷の人たちにも理解されないことを、ただただ信じて意識を高め、それを保持し、道を変えられて戻ったのです。本当に新しい出発でした。
 閉塞感に満ちた時代が続いています。でも私たち、これがすべてと思い込まなくて良い。きっと違う、別の道、幸せへの方向転換が示されるものと信じます。最後に、晴佐久昌英神父の作られた「クリスマスの夜は」という詩を紹介します。

クリスマスの夜は
 優しい心で迎えたい
 いつも怒ってばかりいた
 意地悪で冷たかったから
 迎えたい この夜だけは
 微笑とあったかい言葉で

クリスマスの夜は
 キャンドルともして祈りたい
 いつも自分のことばかり
 住む家もない人のために
 祈りたい この夜だけは
 私にも何かできるはずと

クリスマスの夜は
 癒しの力を信じたい
 いつもあきらめていたから
 いつの日か笑顔になれると
 信じたい この夜だけは
 つらくても生きてゆけるんだと
 クリスマスの夜は
 天国の夢を見たい
 いつもこの世のことだけに
 親ごころを忘れて生きてきた
 夢見たい この夜だけは
 清らかな子どもに返って

天の神様、一年間の導きを感謝します。新しい年も、あなたに向って歩みます。幸せの方向転換ができるよう、助けて下さい。