20160131 『 君の代わりはどこにもいない 』 ヨハネによる福音書 5:1〜18
 
 今日与えられたテキストの舞台は、イスラエルのお祭り、その裏手でした。小麦の刈り入れのお祭りである五旬祭だったのではという説もありますが、本文に特に記されておりませんので、定かではありません。
 ただこの箇所を今読む時、私はかつていた高知の祭りの事を思い出します。有名なよさこい祭りです。よさこい祭りはすっかり全国的になりました。途中にどこかで「よさこい音頭」の節が入ってさえいれば、後は音楽はロックでも演歌でも自由なんです。また鳴る子を持つことだけが踊り子の条件で、衣装も振り付けも全く自由です。その自由さが人気の秘密なんでしょう。
 ところが、好きな人にはたまらないよさこい祭りも、そうでない人にはただただ迷惑千番のお祭りなんです。と言うのは、数十人から百数十人の踊りのチームを引っ張るのは、地方車と呼ばれる、派手に飾られたトラックから延々流し続けられる大音量の歌や曲、これが騒音そのもなんです。ものすごい容量のアンプとスピーカーを使いますから、近くを通るだけで会話も全く聞こえません。
 そして最終日には、高知で最大の花火大会が行われます。これは中心部の鏡川とそのすぐそばにある筆山の二ヶ所から打ち上げられるんですが、会場がせまくて非常に限定されていますので、これまたものすごい音が響くのです。それこそ打ち上げ近くの家は、発射されるたびに戦争か大地震が起きたかのような振動が起きます。
 この会場が土佐教会のすぐそばでした。一挙何万人かが押し寄せます。早い人は当局の取り締まりにも関わらず、前日から場所取りです。マナーがあんまりひどいので、抽選になりました。そして翌朝、土佐教会の周りは、露店で売られる食べ物やら飲み物のゴミの山と化す訳です。
 まあ、そんなこと言いながら、私も毎年憑かれたように見に行っておりましたけど、花火会場のすぐ近くに家のあった信徒のうんざりするような顔を忘れる事はできません。その方は「花火の間は、知り合いの家に逃げている」ということでした。
 ちなみに、よさこい祭りは、地方車に乗り込むリーダーたちが「よっちゃれよ」という掛け声を繰り返して、チームを盛り上げるんですが、この「よっちゃれよ」とは最初、こっちに寄っといでという意味かと思っていたらそうではなく、邪魔せんように道のはしに寄ってくれ、という意味なんだそうで、かなり自分勝手なお祭りなのでした。
 でも基本的にはお祭りは、どこでもそれを楽しみたい人たちの勝手な盛り上がりの側面を持っているように思います。そこからは、とりわけ病気を抱える人たちの存在など忘れ去られるのが常なのです。今年の西宮神社の「えべっさん」。大学生が見事福男になったとニュースで見ましたが、毎年の福男たちはそのために懸命に体を鍛えているそうです。大方の祭りは、元気でないと参加できないのです。個人的な理由だけではありません。被差別部落の人たちはお祭りに参加できなかった悲しい歴史もあります。女人禁制を今も守っているところもあります。残念ながらお祭りには、そこに参加できない人たち、排除される人たちがいつもいるようです。
 さあ、今日のテキストのユダヤ人のお祭り。どんな祭りだったか、具体的にはなかなか想像尽きません。でも間違いなく出店が立ち並び、鐘や太鼓などの音楽もかしましく鳴り響いていたことでしょう。多くの庶民たちにとっては、一年に何度もない楽しみの時だったでしょうから、エルサレムの神殿はそれはそれは賑わっていたに違いありません。
 けれども、その楽しい、大賑わいのお祭りからほとんど忘れられていた人たちが裏手にいたのです。神殿のすぐそばです。当時神殿の北東の角のところに、ベトザタと呼ばれる池があって、そこには5つの回廊がありました。ベトザタとは、漁夫の家、漁師の家という意味だそうです。その池を取り囲んで、回廊にはたくさんの病人が捨て置かれていたのです。それこそ湖で漁をする漁師たちのごとく、あふれていたのでしょう。
 もうそのすぐ脇の神殿では、お祭りを楽しむ人で大いに沸いていた、その楽しい光景と180度違う、重苦しい、静かな呻きに満ちた光景が裏手で展開されていたのです。病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、からだの麻痺した人などが大勢横たわっていたと3節にあります。なんと言う悲しい対比でしょうか。
 お祭りで賑わっている神殿、そこにではなく、その裏手に、忘れ去られたかのような人たちのたくさん横たわっている場所に、イエスは足を運ばれたのです。もうそのことだけで、今日のテキストの中心的出来事でした。多くの人たちの予想外の出来事が起こされたのでした。
 そこに何の病気か、38年間も苦しんで来た人がおりました。様々な病人の中でも、特に注目を引く何かがあったことでしょう。イエスはこの人に目を留められ、「良くなりたいか」と声をかけられたのです。良くなりたいかとは、健やかになりたいか、ということを指していました。
 ベトザタの池に多くの病人が置かれたのには、一つのわけがありました。それはいつかは分からないけれども、時々池の水面が動く時があると言う。そしてその時まっさきに入った人は癒されるという言い伝えが信じられていたのです。病人たちの関心はそこにのみありました。ただそれは直して欲しい、癒されたいが一心の病人たちから生れ出た、悲しい、そして罪作りな言い伝えだったでしょう。
 しかもこの病人は、身体が動かなかったのです。38年間そこにいて、恐らくは何度もチャンスが訪れたのでしょうが、そのたびに他人が先に飛び込み、思うようにならない体を呪いながら過して来たのです。神殿では祭りが繰り返し訪れます。その華やかさからもちろん彼は忘れられた存在ですが、ここベトザタの池のほとりにおいても、同じ病人の中で更に忘れられて来た人でありました。
 ですから、イエスから「良くなりたいか」と尋ねられた時、そんなこと当たり前ですとさえ言えなかった。身体だけでなく心の状態が全く損なわれておりました。ですからこれまで味わって来た惨めな思いを打ち明けるのが精一杯でした。「水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。私が行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです」。あとの祭りとはこのことです。どんなに待ち望んでも、その時その瞬間に間に合わなければ、一切はあとの祭り。どんなに悔やんでも、地団駄踏んでも遅いのです。私はここにいる、にも拘らずいないも同然の事態。そんな切なさを病人は何度味わって来たことでしょう。その思いを彼はイエスに懸命に打ち明けたのです。「主よ」と彼は呻きました。
 それは「良くなりたいか」という質問に、直接答えるものではありませんでした。しかし「主よ」と呻いた病人の思いは救い主に受け止められたのです。イエスは3つの短い言葉を矢継ぎ早に彼に語り掛けました。「起きなさい。床を担ぎなさい。歩きなさい。」あらゆる者から忘れられ、今や自分自身にもほとんどあきらめかけた状態になっているこの人を見て、それはないとイエスは思われたのです。
 彼の苦しみがもう十分だということではありません。そうではなく、命が忘れられるのはもう十分だと思われたのです。それは神さまのみ心に叶うことではないのです。人の命が忘れられたままでは決して良くないことだと、イエスは思われたのです。それこそが、神さまのみ心に叶うことでした。
 楽しいお祭りのさなか、彼にとって願いは祭りに参加することではありませんでした。命そのものが忘れられていた、いわばなくても同然の存在でした。そうではない、あなたの命は覚えられている。あなたの代わりはどこにもない、だからこそ他人ではなくあなた自身が自ら立って歩むのだとイエスは命じられたのです。そうして一瞬のうちに変化がもたらされました。この人は、すぐに良くなって、床を担いで歩き出した。自分の命を取り戻したのです。
 生きているのに、生きていないかのような状態。死んでいないのに、もう死んだかのような状態。それは主が繰り返し語られた「永遠の命」の対極の状態でしょう。愛の反対語は「無関心」だと言います。本来誰もが楽しく喜びを分ち合う時であるはずのお祭りの時であるからこそ、あってはならない状態の人をご覧になって、イエスは断固それを否定なさいました。あとの祭りでは済まされないのでした。楽しい祭りではなく、そこから忘れ去られた場所にイエスは出向き、足を止められました。祭り自体が、楽しむこと自体が悪いのではありません。そうではなくそこに関わることができず忘れられた悲しみの場所があるなら、どこに立つべきなのか。その命にどう向かい、いかに回復するのか。2000年経ち、しかし今も世界のあちこちに、この日本のあちこちにイエスが立たれる場所があります。イエスの立たれた祭りの場所を覚えておきたいと思います。それは裏手でした。そこに忘れてはならない人間がおりました。

 天の神さま、私たちの世界の中に今も、関われず、忘れられたような人たちがおります。日本にもいますし、世界の至るところにいるのです。イエスがそこに立って下さったように、私たちも忘れることがないよう導いて下さい。


 
 
 日本基督教団 東神戸教会 〒658−0047 神戸市東灘区御影3丁目7−11  TEL & FAX (078)851-4334
Copyright (C) 2005 higashikobechurch. All Rights Reserved.