20160410 『 情けは使徒のためならず 』 ヨハネによる福音書 21:1〜14
 

先週の説教でお話ししましたように、もともとのヨハネ福音書は20章で終わっています。今日読みました21章は、後代の加筆ということが分かっています。では誰が書いたか、ですが、これは誰とは分かっていません。推測されているのは、エフェソの教会の指導者だっただろうということです。もちろん、それはヨハネの弟子の一人であって、彼はヨハネから大きく影響を受けた人でした。
 イエスの死後一世紀が経ち、エフェソの教会も当初の頃とは随分メンバーも変わり、時代も変わって、新たな課題が生まれていました。一世代前のエフェソの教会を強力に指導したのは、12弟子の一人ペトロでした。しかし相次ぐ迫害、中でもローマにおけるネロ皇帝の迫害によって、後にペトロは殉教してしまいます。歴史家エウセビウスの記述によれば、彼は十字架刑、それも逆さ十字架刑によって死に至ります。この出来事は大変な衝撃で、エフェソの教会の信徒を大いに動揺させ、長らく影響を引きずることになりました。
 加筆された今日のテキストの出来事の中に、中心人物としてペトロが描かれているのは、そうした状況が考慮されたものと思われます。ペトロを通して何かを伝えたかったのでしょう。イエスの死後、彼らは故郷ガリラヤに戻りました。それは迫害を恐れたということもあったでしょうし、今や故郷に戻るしかなかったということも考えられます。既に復活の主は彼らの前に姿を表されておりました。しかし、主人を失った彼らが今更迫害の中で、伝道を続けるのは精神的に無理があったことでしょう。これから何をして生きてゆくかを考えた時に、取り立てて道もなく、疲れ切って故郷にたどり着いたのだとしても、何らおかしくはありません。
 その故郷ガリラヤの湖ティベリアス湖畔へ帰り着いた時、わざわざペトロは「私は漁に行く」と宣言して舟に乗りこみ、そこに他の弟子たちも従ったと言うのです。何を考えてそうしたのか。もう一度そこで漁師として生きるしかないと思ってのことだったのか、それともこの先何をするにせよ賭けです。昔取ったきねずか、漁師としての勘は鈍っていないかどうか、試して見ようとでも思ったのでしょうか?
 いずれにしても結果は散々でした。3節に「しかし、その夜は何も取れなかった」とあります。彼らはかつてのように夜通し、漁に励んだのですが、収穫はゼロだったのです。思えば三年前、彼らの前に忽然と姿を表されたイエスに従って、一切合財を棄てて歩んで来たのに、主は無残にも十字架刑で召され、彼らが密かに抱いていた野心は、何もかも打ち砕かれてしまいました。いつかイエスがこの世の王になられる。その時には自分たちは直接の弟子として右か左かともかく、高い地位が与えられるに違いない、それが彼らの夢だったのです。
 その夜、収穫がなかったとは、まさにイエスに従った三年間の収穫が何もなかった空しさを想起させるものです。身も心も破れて故郷へ戻って来たのに、あまりの結果でした。或いは、自分たちには元の漁師に戻る選択さえ残されていないのか、と嘆息するような結果だったでしょう。
 しかし、その夜が明ける頃、思いがけない展開が待っていたのです。イエスが湖畔に姿を表され、声をかけられたのです。陸からおよそ200ペキス、大体90メートルくらいの距離でした。近いと言えば近いのですが、大声を出さねば聞こえない距離です。それぐらいはっきりと声が伝えられたということです。それでも彼らにはすぐに分かりませんでした。分からなかったけれども、船の右側に網を打てば取れるはずだ、との指示に応えてそうしてみると、網を引き上げることができないくらいの魚が取れたのです。ルカによる福音書には、彼らが弟子にされた時も同じ出来事があったことが記されています。
 この出来事を通して、一人の弟子が「主だ」と気づきました。それを聞いてペトロは上着をまとって湖に飛び込んだ、とあります。それは裸同然だったので、と7節に書かれていますが、裸だったから恥ずかしかったのではなく、裸の心を見透かされたように感じたから恥ずかしかったのでしょう。ペトロはイエスに従っても何ら得るものはなかった、と憔悴のうちに思っていたに違いないのです。裏切りをおかした上に、重ねて主を信じられない自分だったのに、思いがけずイエスは姿を表され、叱るどころか、かつてと同様、魚の取れる場所を親切にも教えて下さったのです。
 そうして陸に上がって見ると、そこには既に炭火が起こされ、魚が焼かれておりました。パンも用意されていました。「今取った魚を何匹か持って来なさい」と主は命じられました。ペトロが網を陸に上げて見ると、153匹もの大きな魚でいっぱいだった、でも網は破れていなかった、と11節にあります。
 この153という数字について、これまで色々な説が言われて来ました。そのうちヒエロニムスという学者の解説が一番興味深いです。それはティベリウス湖で取れた魚の全種類だという説です。153という数字そのものより、「すべて」が取れたのだという解釈は説得力があります。
 本来プロの漁師である彼らが夜通しがんばっても何も取れなかったのに、イエスに従って見ると、「すべて」が取れたのだというのです。その収穫物を持って来なさいと主は命じられた。既にご自分の用意された魚に加えて、彼らが取って来た収穫を加えて、食事とされたのです。
 生前、伝道の旅を続けられていた折、食事の準備は恐らく同行していた女性たちの役割だったでしょう。しかし、この朝、復活のイエスご自身がすべてを整えられました。主が用意されたものにプラスして、弟子たちが取って来た魚が用いられたのです。
 今日、説教題に「情けは使徒のためならず」と付けました。「情けは人のためならず」という戒めのもじりです。これは誤解を受けやすい戒めで、下手に情けをかけることは人のためにならない、という意味だと勘違いする人がいます。本来は、かける情けは人のためではなく、自分のものとして戻って来るという意味です。
 イエスが弟子たちにかけた情けはどういうものだったでしょうか。その情けはまさしく使徒のものとなりました。そして個人を乗り越え他者へと広げられ繋がれて行きました。三年間イエスに従って何も得られなかったと落胆していたペトロは、自分の心を見透かされたように登場された主に対して、恥ずかしさのあまり湖に飛び込みました。けれど同時にものすごく嬉しく、満たされたのです。イエスから声をかけられ、喜んで意気揚々と網を引き上げました。自分たちだけでは何も取れなかった。イエスの指示を通して与えられた収穫を、しかしイエスは食卓に加えられ、それを分かち合われたのでした。このテキストの出来事を通して、私たちの内面に、精神に必要な生のあり方が十分に描かれています。
 後で加筆されたこの記述の中に、私たちが信じるに足るイエスの命へのあり様が示されているのでした。イエスはまったく何事もなかったかのように、自然に弟子たちを呼ばれました。「さあ、来て、朝の食事をしなさい」。これからも主と共に生きること。そこに人として生きる喜びの源が満ちている。イエスは弟子たちの労苦や絶望を決してそのままにしておかれない方でした。ご自分の備えられたものに、更に何かを獲得させて下さる。人が獲得したものを加えて分かち合って下さる。しかもそれを特別なこととしてではなく、極めて自然な出来事として与えて下さる。
 このときの食事を通して、ペトロたちに再び元気が与えられたことは言うまでもありません。最初出会った時ペトロが何を言われたか。「恐れることはない。今から後、あなたは人間を取る漁師になる」イエスはそう語られたのでした。ペトロたちは改めてその言葉の真実を実感したに違いありません。もはや恐れることなく伝道に出発し、殉教する最後の時までイエスの励ましが彼を後押ししたことでしょう。
そのイエスの励ましは私たちにも与えられます。イエスは私たちにも同じようにして声をかけて下さいます。「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と。

 天の神さま、主の食事を通して、私たち励まされ、再び力を与えられますことを感謝します。あなたの呼びかけに素直に心を開く者として下さい。

 
 
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