20160710  『 悲劇と喜劇は神一重 』 使途言行録 27:33〜44
 


大きな地震が起こった時、しばらく経って多少とも落ち着いた頃に、現地の教会の牧師にお見舞いというか励ましの電話を入れます。そうすると、今まで何人かの牧師に共通した答えが返って来ました。それは「慣れない」という返事です。何に慣れないかというと余震です。震度3以上だとニュースに出ますが、報道されなくても実際にはそれ以下の微震が現地ではずっと続いているのです。で、余震がない時もずっと揺れているかのように感じたり、逆に余震が起きるとまた大きな地震かと身構えたり、休まらない訳です。

私もはるか昔になりましたが、東京時代の事を思い起こします。故郷・岡山は地震が極めて少ない地域なので、東京の教会に赴任して、結構ひんぱんに起こる地震に慣れませんでした。
少々不謹慎かもしれませんが、時々、トイレに入っている時ふと思ったものです。「今、大地震が来たらどうしよう」。トイレはもっとも安全だと言われますが、万一閉じ込められた時は悲劇です。でも何だか喜劇的でもあります。それを想像して、悲劇と喜劇は紙一重というけど、ほんまやなぁ、つくづく思わされたのでした。

さて、今朝与えられたテキストは、パウロがローマへ送られる船旅の途上で、嵐に襲われ難破した時の出来事です。少しここに至るいきさつを振り返っておきます。聖書の後ろの地図の9番目にパウロのローマへの旅という地図が載っています。その前の8に2回目と3回目の宣教旅行の行程が載っていますが、この3回目の旅行が終わった後、パウロはエルサレムに一度戻ったのですが、キリスト教伝道を快しとしない当局に逮捕され、投獄されるのです。更にエルサレムからカイサリアに移送され、2年間獄中生活を送ることになります。

しかしローマ皇帝の前で直接弁明することが赦されて、囚人としてローマへ送られることが決まりました。これら一連の事が13章からずっと詳しく記されています。9番目の地図で見てお分かりのように、カイサリアを出発して地中海沿岸の諸都市に寄港しながらクレタ島の「良い港」と呼ばれるところまで、長いきつい船旅を続けて来た末に起きたこと、それが今日のテキストの出来事です。
この港に着いた時には、既にかなりの風が吹いていて、航海するには危険な状態でした。カイサリアを出発したのは秋の終わりで、この時期から翌年春までの間は、当時地中海を船旅するにそもそもそぐわない季節だったのです。予兆は既にこの時に始まっておりました。この強風を避けるため、ともかくクレタ島のフェニクスまで行って、冬を過ぎこすことを決めたのです。ひと冬を過すとなると大変余分な旅となりますが、そうするしかありませんでした。エルサレムからローマは現在なら飛行機で数時間の旅ですけど、当時は命の危険を伴いながら、時には何ヶ月もかけた大旅行だったのです。

けれども港を出発するや、更に大きな暴風に襲われました。船は翻弄され、二日目には積荷を、三日目には船具をやむを得ず海に棄てなければならないほどのひどい状態となりました。20節にはこうあります。「幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた。」
このような絶望的な状況の中で、彼らは都合14日間もの間漂流したのでした。それはもう肉体的にも精神的にも疲労は限界に達していたことでしょう。こんな限界状態の中では、何が起こるか分かりません。地震で言えば余震のようなものです。一つ前の段落では、ついに船員たちが小船に乗って自分たちだけ脱出しようとしたことが書かれています。

ただ、ローマへ行くことは、実はもともとパウロの最終的な大目標でした。もちろんそれは、ひとえにキリスト教伝道のため、福音宣教のためにでした。第3回目の宣教旅行の後、遠くない日に必ずそうしようと決意し、胸のうちに計画を立てていたことでしょう。でもさきほど言いましたように、そのローマ行きはこれまで以上の大旅行となることは必至、死をも覚悟せねばならないものだったに違いありません。それだからこそ、エルサレムに戻れば危ないことを承知の上で、他の弟子たちから止められたにも拘らず、自分の信仰の出発点となったエルサレムへ一度戻る必要があったのです。ローマへ行くに当たって今一度原点を確認すること、それはパウロの一つのけじめというべきものでした。

けれども案の定そこで捕えられてしまいました。更にカイサリアで2年間も投獄されることになりました。エルサレムにこだわってしまったばかりにです。運命と言ってしまえばあまりにも過酷な運命でした。しかしよくぞ、これらの日々を耐え忍び、待ち続けたものだと思います。幾度かはあきらめの心境にもなったのではないかと想像します。でも思いがけずチャンスは巡って来ました。囚人という身分ではあるけれど、ローマへ行けることになったのです。或いは二度とないかもしれない機会にたどり着いたのです。ですから、この度与えられたローマ行きは、パウロからすれば、どんなにしんどいても、心躍らんばかりの希望の旅行だったでしょう。
その喜びの船旅が、今や暴風で命運尽きようとしておりました。一難さって、また一難。人生の悲劇と喜劇はまさしく紙一重とため息をつきたくなるような、一大事となりました。私たちだったら、こう言う時何をどうすることでしょうか、それぞれ想像されることでしょう。私だったらパニックに陥って、茫然自失状態となるに違いありません。
ところが、パウロはこの極限状態で、食事をするよう、皆に勧めたのです。既に漂流14日、人々は何も食べず、流されるままの絶望的な状態でした。強烈な自然の猛威の只中で、なすすべもなく、一切の力を失っていたことでしょう。
この思わぬ時に、パウロに天使からのお告げが与えられたのです。23節からこうあります。「わたしが仕え、礼拝している神からの天使が昨夜わたしのそばに立って、こう言われました。パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せて下さったのだ」。ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。私に告げられたことは、その通りになります。私たちは必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。
 この夢のお告げをパウロは疲労困憊していた人々にそう語って聞かせたのです。その後、船員たちがこっそり逃げ出そうとしますが、お告げの確信によってパウロは強く思いとどまらせたのでした。そして夜明け、彼らはパウロの勧めに従い、久し振りの食事を共にしたのです。

本来、この船のリーダーである百人隊長、そしてその部下たる兵士たち。また船員たち。そしてパウロら囚人たち。また別に一般の客もいたでしょう。全部合わせると276人だったと、ルカは記録しています。それはローマ人であり、ギリシャ人であり、ユダヤ人であり、或いはアフリカの人もいたことでしょう。人種も身分も、また信仰も違いある者たちがこんな状況の中で一つとなり一緒に食事をしたのです。
 パウロの確信以外、誰にもその先の事は分かりませんでした。食べた後、穀物を棄てて舟を軽くしたと38節にありますから、本当に未曾有の危機の中の、最後の食事だったと言えます。しかも実際、この後で船は座礁するのです。兵士たちは囚人が逃げないよう恐れて、いっそ殺してしまおうと考えますが、パウロの信仰に心打たれた百人隊長によって思いとどまります。そうして、誰一人逃げださず、誰一人脱落せず失われず、彼らは全員がマルタ島に無事上陸することになるのです。

 この出来事は以上です。結果的に全員が無事助かったのは、単なるラッキー、偶然だった、そう言えないことはありません。人の手に余る出来事、自分の力ではいかんともしがたいことが思いがけず解決される時、それはたまたま偶然、単純にラッキーと考える人もいます。パウロがすべてを導いたのではありません。結果一緒に乗船した人たちが、クリスチャンになった、そういう話しでもありません。パウロが一つのお告げを聞いて、皆と一緒に食事をした。たったそれだけの事だったとも言えます。
 けれども、ただそれだけの事で、結果的に彼らは一つとされました。バラバラだった人々が一つとされて生きたのです。お告げを聞いたパウロには、きっと救い主イエスのことが繰り返し思い出されていたことでしょう。ガリラヤ湖で突風が吹いて、慌てふためく弟子たちをよそに平然とされていたイエスの姿。また十字架の出来事の後、復活されたイエスが弟子たちに食事を用意された姿。これらをペトロたちから何度も聞かされ、まるで自分もそこにいたかのように、心に刻まれていたパウロだったでしょう。一同の前でパンを取り、神に感謝の祈りをささげてそれを裂いた時、パウロは間違いなく生けるイエスと共にあったのです。そうしていつの間にか、いち囚人に過ぎないパウロがこの船の、この人々の中心に立っていました。

 それは悲劇とも喜劇とも言える難破の出来事でした。しかしパウロの傍らにはイエスがいました。第三者が客観的に見れば、もうそこで命を落としても、また望みが絶たれても何らおかしくない悲劇的、かつ喜劇的状況でありました。でもパウロには違ったのです。そこには神が共におられた。願わくば悪い夢であって欲しいと思わずにはおられない出来事、この世に神はいるのかと叫びたくなるような出来事。どこにいるのか見えない分からない神さまに助けを願いすがることしかできない無力極まりない出来事。しかし決して作られた劇ではない、まごうことなき現実、それも最悪の現実でしたが、しかしなおパウロはそこに共におられる神を感じ信じたのです。否、おられるというより、ずっと共におられた神を改めて信じたのです。言い換えれば、神などいないと思われるような現実のただ中に、しかし神としか言えないような方が確かにいらっしゃって、生きる意味、力を与えて下さる。
 この危機は神さまが用意なさったことではありませんでした。この時期に船旅をすること自体が人間の無謀でした。にも拘らず、彼らと共に神がおられました。パウロはそれを証ししたのです。神がそこにおられる。このことを信じるかどうか。信じられるかどうか。神による意味づけを信じる人を信仰者と呼ぶのだとすれば、どんなことが起ころうとも、そこに決定的な何かが生まれるのです。そこに神さまが共におられる、そのことだけで悲劇としか言いようのないことが、悲劇ではない大切な現実となるのです。私は信じたいと思います。


天の神さま、私たちが冷静でおれる時も、また冷静さを失ってパニックに陥る時も、変わらずあなたが共にいて下さることを信じられますように。そこに立つことができますように。

 
 
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