《説教要旨》『命の歩みへの導き』     大澤 宣 牧師

 マルコによる福音書 1章9~11節

  国際基督教大学高校3年生の方の言葉です。小学校5年生の時、クラスの中にひょうきん者のTさんという人がいました。給食の時、あっちこっちに顔を向けてふざけているので、先生が「前を向いて食べなさい」と言いました。するとTさんは「自分が向いた方向が前なんですよ」と答えたのです。その時は、うまいこと言うなあと思ったのですが、後に、進路を選択しなければならない時期を迎えます。自信をなくしてしまうときも、自分が決めた道ならきっと間違いないし、仮に後で間違っていたと気づいて方向転換したとしても、それも正解なのだ、まちがいではないのだと思えるようになったということです。

  1月12日は成人の日です。二十歳の祝福式として、節目の時を迎えられ、思いを新たに進んでいかれるおひとりお一人に、神様の祝福がありますことをお祈りします。若い方々も、また、歳を重ねられた方々も、それぞれの道を進もうとしておられます。その道が導かれますことをお祈りいたします。

  1月6日、公現日を迎えました。イエス・キリストが節目の時を迎えられる洗礼の場面です。罪の赦し、新しい命を与えられる洗礼を、イエス・キリストが受けられたことに戸惑いますが、「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行なうのは、我々にふさわしいことです」と語られました。それは、イスラエルの人々が、苦難の歴史を歩んできた、その歴史を引き受けるということでした。人々の苦難と悲しみの歴史を、ご自身が受け止められ、そこから新しい歴史の始まりとなられるのです。

  1月17日、兵庫県南部大地震31年の時を迎えます。多くの命が失われ、多くの人が傷つきました。今、深い悲しみを味わわされています。この悲しみの中から、命の歩みへと導かれることを信じてまいりたいと思います。

  主イエス・キリストの十字架を見上げる歩みをすすめていきたいと思います。主の御言葉を心に刻みたいと思います。主が私たちと共にいてくださることを心に留めたいと思います。そして、私たちが、主に受け容れられ、命の歩みへと招かれておりますことを信じて、進んでいきたいと願います。