東神戸教会
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メッセージ

20170326 『 図が高い、控えおろう! 』  マタイによる福音書17:1~13

 現在、東京の巣鴨ときわ教会で牧師をしている平井文則さんは、鳥取大学で同級生でした。一緒に学生YMCAをやった友です。彼は山登りが好きで、あんまり誘うので、仕方なく大山に登ったことがあります。大山は中国地方で一番高い山で1729mあります。慣れていない私は、ただただしんどくて、高所恐怖症でもあるので、崖道が怖くもあり、途中何度も「来なきゃ良かった」と、彼に恨み節をこぼしました。でも平井さんはブツブツ言う私を叱るでもなく、大丈夫大丈夫とすいすいリードしてくれまして、死にそうになりながら何とか山頂にたどり着きました。

素晴らしい眺望のもと、缶ビールを買って乾杯しました。それは多分私の生涯で一番旨かったビールでした。ふもとで売っている値段の倍はしましたが、私が「1000円でも買うわ!」と語ると、平井さんは「そうだろ?」と大変満足気な表情になりました。まるで、これを味わせるために連れて来たんだと言わんばかりの顔つきでした。

 さて、今朝与えられたテキストは、山に登られたイエスの姿が変わって見えた、そのことに感動したペトロが思わず「小屋を建てましょう」と興奮の声を挙げたと言う箇所でした。

 福音書には何事かあると一人で山に登ったイエスの記述が何か所かあります。どの程度の高さで、植物が生えているのか、それともはげ山のような山なのか、残念ながら定かではありません。ガリラヤ湖近辺では、例えばカルメル山が528mですから、私たちの推測より低いのかもしれません。ただイエスは山に登るのに慣れていた、それは確かだったと想像します。そしてもう一つ、ここでは1節に「高い山」とわざわざあるので、それ相応の高さの山であったということです。

 しかも今回は一人ではありませんでした。3人の弟子を連れて登ったのです。その3人とは、ペトロ、ヤコブ、その弟のヨハネというメンバーです。どうしてこの人選となったのか、それもよくは分かりません。はっきりしているのは、この3人がガリラヤ湖で漁師だったということです。つまり、山に登るということが普段まずなかった、不慣れでな者たちだったということです。

 恐らく、ひょうひょうと先を行くイエスの後を、3人は這う這うの体で従ったのだろうと思います。もしかしたら私のように「来るんじゃなかった」と愚痴をこぼしたかもしれません。そうやってとにもかくにも登り切ったのでしょう。そしてその山頂において、くたびれ切った3人が見たのが、あるじイエスのまぶしく輝く姿だったのです。しかも主人の傍らにはモーセとエリヤが現れ、語り合っていたというのです。

 どうしてその二人がモーセとエリヤだと分かったかについては、ガリラヤのイェシューではこう書かれています。「モーセさまは両手に神さまの十の戒めを刻んだ石板をお持ちだし、エリアさまはラクダの毛衣に皮の帯、一目でそれとわかるのでござる。」

 疲労困憊の末に、予想もしなかった光景が現れたのでした。ペトロたちの気分が一気に高揚したとして無理もありません。そして思わずペトロが叫んだのです。「お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう!」と。

 その叫びはよくよく考えて出されたものではありませんでした。思いがけず口に出たのです。この出来事から思わされることは、人間はいかにも軽いということであり、イエスの変身を目の当たりにしてもなお、それを正しくは受け止められない貧しさです。

 ただし、思わず口走ってしまったペトロに対し、それについてイエスは何も言及されませんでした。「見たことを誰にも話してはならない」と戒められはしましたが、決して叱ったり、批難したりされなかったのです。

 白く輝く光景の中で、イエスだけがそうなったのではなく、5節に「ペトロがこう話しているうちに、光輝く雲が彼らを覆った」とあるように、弟子たちもこの光の雲に同じように包まれたのです。更には、「これは私の愛する子、私の心に適う者。これに聞け」との声が、彼らにかけられているのです。一体、何を現していたのでしょうか?

 この出来事の一つ前に、イエスは自分の死と復活について予告されました。それについて弟子たちの反応は何も記されていませんが、まだ何も意味は分からないものの、不安と恐れが生じたことは間違いないのです。だからこそ、ペトロはイエスはイエスを脇へ連れていさめたのです。そして直ちに他にはないほどの激しい叱責をイエスから受けることになったのでした。その出来事があって、イエスはペトロたちを選んで高い山に登られた。1節の書き出しが「六日の後」とあるのは、六日前に起こった十字架の予告とペトロへの叱責事件が強く反映されていたからです。直接叱られたペトロだけが沈んだのではありません。

 そうでなくても、イエスに従う旅は、楽しいことばかりなのではなく、緊張や困難がいつも伴っていたことでしょう。そこへ持って来てなされた死と復活の予告、彼らは口には出せないものの、自分たちの存在を疑い、神の真意を測りかねたに違いありません。もっと言うなら、神さまって本当にいるのだろうか?そういう暗い疑問を抱いたのです。

 そんな彼らをイエスは高い山へと連れ出された。そしてほんの一瞬、御自分の真の姿を彼らにかいま見せられたのです。すなわち、違うぞ、諦めるな、神さまって本当にいるのだぞ、と高らかに伝えたのです。言うまでもなく、真理は自分のもの、人間の持ち物にはできません。形ないものを形あるようにも見せられません。しかし、一瞬、垣間見ることは許されるのです。それを垣間見ることが今後を生きる大きな力になるからです。そのためにイエスは彼らにひと時、希望の姿を見せられた、そういうイエスの深い思いやりの出来事だったと思うのです。彼らは輝く雲に包まれ、雲間から声がかけられた。どんな時も神さまの守りの中にあるということ、いいことも悪いこともすべて神さまに包まれ、意味が与えられるということだと思えてなりません。

 ただ残念なのは、ペトロたちにイエスの真意が伝わらなかった、この時垣間見たことが分からなかったということに尽きます。だからこのあとも繰り返しつまづいて行きます。結果的にすべてが終わった後から分かったのです。十字架の出来事が現実となり、復活へとつながって行く過程の中で、後からあの時のイエスの思いはこうだったのだ、と繰り返し思い返し、自分は調子に乗っていた、自らの軽さ傲慢さと貧しさを悔い、比べてはるかに深く重いイエスの真意に涙したのです。

 6年前、東日本大震災の夜、未曾有の悲劇の静寂の中で、満天の星が被災地を照らしました。多くの人々が寒空の下で、その天空を茫然と眺め、同時に美しさを思い、大自然に包まれている小さな人間の姿を感じたと言います。川上盾牧師が、その夜の光景をつづった「満天の星」という歌を歌いました。絶望のさ中にも希望が置かれておりました。ペトロたちは、そのことを後に嚙み締めたのです。全部包まれていた!

 私たちは、これが神さまだという明らかな光景を見ることはできません。でも誰かの後ろ姿の中に神さまの姿を垣間見ることはできます。神さまなんか、ホントにいるのかと呻吟するしかないような現実の中で、いや、やっぱりおられる。神は決して知らんふりされているのではなく、かえって苦しみと嘆きと悲しみに暮れる人々と共におられるのだ、と感じさせられる、そんな体験が与えられるのです。

 例え大きな困難に遭っても、そんな一瞬を与えられる時、人はわずかでも前へ進むことができるのでしょう。その一瞬がいつ、どんな時かは分かりません。具体的には人によって違うのでしょう。神の描かれる図は高いのです。しかし、きっと与えられる。困難がただの困難では終わらない、そこから押し出される時を神さまは下さる。その一瞬を信じたいと思います。それが私たちの抱える貧しさの一つ、「諦め」の終わりを導くことでしょう。私たちの頭を控えて受け入れたいと思うのです。


天の神さま、どうぞ希望の一瞬を与えて下さい。それに導かれ、それに励まされ、それによって前へと進むことができますように。





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