東神戸教会
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メッセージ

20170402 『 アタック、ナンバー案 』 マタイによる福音書 20:20~28

 最初に一つ短い、興味深い小話をします。

ある旅行者がガイドを雇って、砂漠地帯を横切ることになりました。砂漠の端に来た時、旅行者は前方を見て、前人未到の砂漠が広がっているのが分かりました。一つの足跡もなく、標識もありません。

 驚いた彼は、ガイドに向って「道はどこにあるのですか?」と聞きました。すると咎めるような視線を投げて、ガイドは答えました。「私が道です。」

 とっても鋭い話です。何もないところでは、これから踏み出す人が道になるということを示しているのです。踏み出す人の一歩一歩が道となるわけです。砂漠だけでなく、もし、山や野原に道がなかったなら、進むのではなく、切り開いてゆくしかありません。道を行くのではないのです。その場合、道とは切り開いた「結果」です。その結果を残す先頭に立つ人が、その道に責任を持っているという事なのです。

 この小話を「遠くて近い道」という本で読みました。著者は小野経男という人です。言語学の学者でした。名古屋大学で長年教え、更に名古屋学院大学で教え、岐阜の中部学院大学学長なども歴任され、3年前の夏に亡くなられました。クリスチャンでした。「遠くて近い道」は亡くなられる数年前に書かれたものです。

 小野先生、現役時代、25冊以上の本を書かれました。論文の数は数え切れません。頼まれた講演の回数も数えるのが難しいほどあったそうです。学会の要職にも就き、図書館長など学内の重要な役職も歴任されました。若い頃、何度もハーバード大学に留学なさった方で、いずれ学会に名を残すような仕事をしたい、そういう業績を上げる人間になりたいと懸命に頑張って来られたのです。そして振り返れば、その願い通りの人生を歩み、「こんなにも」自分はやって来たのだ、という感慨にふけって良い終わりの時を迎えられました。

 その一方で、比べれば200冊もの本を書く学者もおり、また量ではなく質を問う時、彼のやった事よりはるか「上」の学者もいて、自分のやったことは「なんだ、これだけしか」という思いに捉われたり、「こんなもんか、たいしたことはないな」という失望感を抱いてもおられたのです。そして自分は星の数ほどいる平凡な学者に過ぎなかったのだ、と言われるのです。

 それは、一見贅沢な振り返りのように思われます。しかし、実に素直な振り返りでもあると思います。小野先生は、私大の教員を退官し第二の定年を迎えられた時に、奥さんに先立たれるのです。その時初めて、それまで彼が積み上げて来た業績が何の役にも立たないことが分かったと言われるのです。

 名誉教授、名誉長老など、「名誉」とタイトルがつく肩書きが残りましたが、中国語では似た発音で「没用」と書いて、役に立たないことを表します。自分は今までに人生に関わりあること、その生と死の問題に関わって来ただろうか、そう反省したと「遠くて近い道」の中で書いておられるのです。真摯で、深い反省だと思います。

 さて、今朝与えられたテキストは、12弟子のヤコブとヨハネのお母さんがイエスを訪ね、願いを申し出た出来事でした。「息子たちを、弟子たちの中で、最も位の高い弟子にして欲しい」という願いです。それはまさに人間的、この世的な願いであって、ズバリ地位や名誉が欲しいというものでした。

 これに他の弟子たちが腹を立てたのです。なぜなら、それはみんな同じ、それぞれに願っていたものだったからです。ふざけるな、母親を使って出し抜くとは汚いぞ、卑怯なり、という思いが見えて来るようです。

 でも確かにそうです。ヤコブとヨハネが頼んだ訳ではなかったでしょうが、母親の思いはそのまま息子の思いと重なるものでありました。親馬鹿だと笑えないのです。彼らにとって、長い伝道生活、きつい宣教旅行の疲れは当然ありました。そもそも、職業を始め一切の日常を棄ててイエスなる人物に従って来たのです。何者とも知れぬ者にすべてを預けて、苦労を負って来たのです。

 今、或る程度名が知れ、もしかしたら凄い人と関わっているのではないかという期待が首をもたげて来ました。一方でどうなるか分からない不安もあるだけに、なるべく早いうちに息子たちの将来の位置を確保しておきたい、母親がそう思ったとしても、何の無理もありません。しかもそれは、そもそも弟子たちみんなが心に抱いていた願いであったのです。

 ここでもう一度、小野先生の事を思い起こします。小野先生が若い頃抱いた夢は、もちろん特別なものではありませんでした。先人の業績に倣い、自分もそれ相応の業績を上げたいという願い、それは私たちの誰もが思い望むことです。しかも先生はそのための努力を惜しまなかったのです。その意味では夢を叶えた人であり、叶えられた人であった、羨ましい存在と言えるでしょう。

 けれども、先生がガチガチの学者だったかというとそうではないのです。地位を得るために、人を押しのけてでも出世競争に打ち勝とうとして来た人でもないのです。先生の文章を読めば、どんなに学生たちに暖かい指導をして来られたか、或いはご自分の専門分野の研究に誠実に打ち込んで来られたかがよく分かります。

 にも関わらず、先生ご自身がいつも乾いておられたのです。精神的に飢えておられました。ですから探し求め続けられたのです。一時は左翼思想にかぶれたこともおありでした。教団の教会で受洗しながら、いっとき無教会派に傾倒した時代もありました。それでも信仰生活の中で声を聞かれたのです。それは「私は道であり、真理であり、命である」というイエスの声でした。

 はるか遠くにある存在が、実はごく身辺にあったという実感だったと先生は言われます。主こそが切り開き、後に残された、イエスという「道」を自分は歩いていたのだ、と。

 弟子たちも勘違いをしていたのでしょう。しんどい旅に耐え、きつい出来事に出会いを重ねるうちに、自分自身が道を切り開く者であり、はるかな目標・つまりナンバーワンを目指してたゆまぬ努力を続けて来たのだ、と。その当然の代価として、ふさわしい地位を与えられるのだ、と。

 この勘違いに対してイエスは答えられました。「もし偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、一番上になりたい者は、皆の僕になりなさい。」ナンバーワンのみならず、順位にこだわる生き方からの解放の言葉でした。

 しかも、この言葉を実践なさったのは他でもないイエスご自身でした。私たちには到底すべて従えない弱さをイエスはご存知でした。イエスは神さまが私たちを愛し、私たちの人生を生かしたいと願っておられる事を伝えたいが故に、私たちには絶対にできない手立てを取って弱さを乗り越える道を歩まれました。それが、主の十字架であり、復活だったのです。イエスこそ順位を真っ先に手放したのです。

 「私が道であり、真理であり、命である」と今もイエスは語っておられます。小野先生は学者らしく、神とキリストと聖霊という三位一体は高慢な組織体です。生半可な理解では全体をつかむことはできないでしょう、と言われます。

 しかし、キリストは「私に来い」と言っているのです。己の罪深さを認め、すべてを捨てて、自然に、ありのままにキリストに向えば、受け入れて下さるのです。そうすれば、キリストに連なる生命体として、真理に自由に生きることができます、と書かれておられます。

私もそう思います。私たちは切り開かれるイエスの跡に従う者であり、しかも先頭を行かれる主が同時に私たちに寄り添って下さるのです。気づいてみれば遠くて近い道でした。順位のこだわりから解き放たれキリスト・イエスという道を共々歩んで参りましょう!


天の神さま、あなたによって引き戻される私たちです。主の後姿を見つめながら、イエスと一緒に主の道を淡々と、またしっかりと踏みしめてゆけるよう、後押しして下さい。





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